〜赦しの実践日記〜

 

 

 

週に一度は肉体のメンテナンス、身体をいたわるって大切。

信頼できるな〜って思える人と接触していくことも大切。

(違和感を感じているのに、メリットを感じて接点を持って悩んでいる話って結構あって

結果から言うと、違和感のサインを大切にした方が絶対一致の経験の方にいける)

 

無名、有名関係なく、どんな風でも、自分がなんか違和感を感じるならお付き合いしないこと。

 

素敵な所有物を手にしていても自分に意地悪な人や自分を何となく見下しているような人と一緒にいても幸せになれない。

これは、赦しの習得と別次元の話。

 

もし、自分の中で悪く思いたい、他者、知人、友人、会社の仲間、企業、近所、部下、子ども、学校、店員、などなどいたら

その対象者が聞いても不快にならないトークになる位まで、徹底的に「赦し」をする。

自分がこの上なく幸せになります。

コースの言う「内的状況の外的映像」の意味は物凄く深い。

日々赦しの実践をしていくと段々とコースの言っている「内的状況の外的映像」の意味がわかってきます。

これがわかってくると実践は非常に楽なって楽しくなっていくし深くなっていくし癒しが深くなっていきます。

 

 

赦さなくてもいい人間などいるのだろうか・・・。

赦しに値しないと思ってるような人間などいるだろうか・・・。

いるわけがないのである。

少なからず赦しに値しないと思ってしまうような状況、人・・・このように思ってしまう癖

こうゆう見方をしていきたくなる「理由」は?

しっかりあるのです。

 

 

 

天国から離れて379ページ

もしあなたが頑迷に、他の人々にうまく役立ってきた手段を使おうとし続け、

あなたのために作り出されたもの無視するのであれば、あなたはこのコースを役立てていない。(T-18.VII.6:5) 

 

何度も何度も浮かんで、赤ちゃんがミルクを欲しがるように声に出して読みたくなって読んできたフレーズ。

他者の道を尊重することを自分に思い出させてくれた。

 

なんという充実感だろう・・・。自分の人生を生きれること。

才能があってもなくても心を癒す手段としては等価。

赦して心を癒していく意味に置いて立場や境遇は、心癒す深さを薄めることはない。

 

一歩間違えると「幸せに生きる情報」は、普通に生きることを度外視させてしまう。

極端な例では、個人的に「赦し」をするとしても泥棒や殺人犯は法律で取り締まらなければならない。

こうゆう常識で考えないといけないような領域のことを「スピリチュアルの情報に傾倒し過ぎていくと、

何でも、その視点から考えて、普通の対応が考えられなくなってしまうことがある。

こうゆうことを含め

毎日、毎日、赦しの勉強と実践を深めていける人生を送れることにありがとう。

 

 

 

最後まで通読ありがとうございました。今のあなたの何かのお役に立ったり響き合うものがあったら幸いです。

 

 

 

        

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