〜赦しの実践日記〜

 

 

 

 

誰かとの出会い

ある情報との出会い

ある一冊の本当の出会いで

体験していくものが10年前の自分では想像できない体験へと移行している。

自分を幸せに導く習慣を身につけることも

自分を不幸にする習慣を身につけるのも

自分次第。

 

コース理解の第一人者のワプニック先生の以下の言葉

「ワークブック」に関する指示」より抜粋

指示された通りにレッスンを学び続け、実践を続けていく限り、私たちは進歩していきます。

形ではなく、内容に焦点を当てることが重要です。

大切なのは、できる限り注意深く指示に従うために、真摯な努力をするということであり、

うまくいかなかった時に自分自身を裁かない、ということです。

実際のところ、これらのレッスンを行う目的は、レッスンをうまく行わなかった自分のそうした間違いを赦すことにあるとも言えます。

それが、私たちが自分の創造主から分離してしまうという間違いを犯したことについて、自分自身を赦すという究極の赦しを反映するものとなるのです。

 

実に深いメッセージ。「裁き」からの逸脱ストーリーは楽しい。

楽になっていく。

抵抗もどうゆう状態が抵抗そのものなのか自分でわかってくると、抵抗でしかないから超えていく。

 

 

今本当に沢山の情報があり、自分さえ拒まなければ 色々なレベルで情報収集ができる。

コースの赦しの習得ということとは全く関係のない話だが

自分が今の自分の生活状態(経済・スタイル・パターン)に何らかの改善が必要だと感じていたとする。

今の現状を改善するためには何をしたらいいのかということを

教えてくれる情報は、有り余るほど出ている。

自分が意欲さえ持てば、そうゆう情報・場所・人にアクセスして学べる。

そして自分で実行してみて習得していくことが可能な時代を生きているように思う。

 

私が小さい時は、自分の攻撃的な感情の原因にアクセスする方法など

周りの大人に聞けるどころの騒ぎではない環境を生きていたように思う。

「攻撃」が常態化して疑問を挟むことなどないほど攻撃に掌握された人に

「あの〜〜すみません、私攻撃の原因とその手放し方を学びたいのですけど教えていただけませんか?」と聞いたところで

「答え」は「そんなの知るか〜〜〜い。」だろう。

 

文字が浮かび上がるように出てきて消えない「創造・カルマ・輪廻」の意味を「辞書」に求め

惨敗で終わっていたが、(振り返っても私が生息していた王国では、探す方が困難だった。)

でも、諦めずに、探し続けてきたことでまるでパズルのピースがカチッとはまるように

自分が知りたかったことは「このことだ」と合点がいく回答と出会う。

だから、どんな人生でもどんな状況でも諦めないことだ。

 

 

* *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆情報収集について* *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

情報を収集していく時にも、「眼力」を養っていくというのも非常に大切な一つだと私は思っている。

自分の生活を改善する必要を感じているなら

それを改善できる方法や生き方を教えてくれる場所へいくこと。

でもその時「盲信」は禁物。

生き方をダウンロードするのだから、よく思案すること。

何故なら、その考えを自分の生き方として自分の人格に取り入れて内面化させるわけだから。

その視点が間違っていても正しくても、必ずその視点・ものの考え方が導いてたどり着くところがあるからだ。

「質」のいいものから、メッキの情報まであるのだから。

 

 

* *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆赦し習得のプロセスについて* *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

自然農法を学んでいるのだが、農業は、一夜漬けは適用しない。

適切な時期に種をまき、適切な世話をして初めて美味しい野菜を収穫できる。

 

これは勉強も同じことで一夜漬けでいい点数を取れることもあるが、日々の積み重ねを怠っていれば

教科をしっかり習得はできずに教養は身についてはいかない。

 

「赦し」の実践も全く同じで、日々の積み重ねを怠っていたら、しっかりと習得はできない。

 

 

 

* *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆他者評価の仕組み* *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

皮肉なもので

他者からの評価を得ようと思って起こす善業や周囲の期待に応えようとしてのメッキの親切心は

決して他者評価に繋がっていかない。

元々他者貢献ではないからだ。

 

 

 

 

他者が勝てば勝つほど自分の取り分が少なくなると感じる感じ方がは

そもそも教師を間違えていますよ!!というサイン。

証外見上、他者の成功を応援するような寛大な人のように振る舞いながら他者の幸せを妬んでいることも少なくない。

すべての人に幸せが行き渡ってもなお余りあるのが豊かさ

「赦し」の実践は「罪」が空想だということを思い出させる。

 

最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

        

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