?赦しの実践日記?

 

 

 

 

夏は動きやすく汗を流せるデトックスの季節

早朝2キロ程度軽くジョギングして、朝ヨガして1日をスタート

自分が意識した分だけ学べる。

自分が頑張った分だけ進める。

棚ぼたというのは存在しない。

原則と習慣を深く自分に内面化させる努力を続行中です。

 

あ???これからどんなことを経験していけるんだろう。 o(^▽^)o楽しみ!!

「裁き」のメカニズムの全容を学び、生活していくこととは別な取り組みで

自分の日常というものの中で「不快」と感じる知覚に対して

その知覚の原因を

物事の中に原因をみたり、分離強化のメカニズムに従い分離を表現している他者の中にその原因をみて

「咎めていく手法」は、不幸になる手段だということを学べたことで

ひっくり変えしていく手段としての「赦し」を

自分の生き方にしていくことを毎日実践していくことを日課になって、

その結果、面白い経験に発展していくので

非常に面白い。

今まで経験したことがないような経験をしていく。

 

例えば

自分が相手の愚行のように見える悪態の中に「罪」を見て咎めることを

やめて自分の中の信じている「罪」に気づいて

相手にも自分にも罪が無く、元々「罪」は自分が存在させていたのは自分で

「罪」は存在していなかったと自覚できるところで「赦し」をしていくことで

自分にとって「赦し」の対象となっている人が、健全な道を歩みだしたり、幸せになっていく経験というのも

「裁き」のシステムの中では経験することのない経験のように思う。

この経験一つだけでも、「裁き」の原因についてのコースの説明を理解して

コースの視点で自分の日常を実践していくことの恩恵は非常に大きいように思う。

 

惨事が起きている事柄のレベルで生きるレベルで

体験していく事というのは、だいたい決まっている。

逆をいえば、「赦し」で経験していくことも決まっている。

そのくらい「原則」はシンプル。

原則に反して生きても則して生きても「結果」は経験する。

「結果」をみれば自分が原則に「反しているのか」、それとも「則して生きてるのか」が

見る気になれば一目瞭然で理解できる。

 

被害者の視点で経験できるのは、他者批判・他者批判で盛り上がって湧く沸き方で、繋がり方

相手が悪くて、自分が合っているというのを共有して盛り上がる盛り上がり方。

楽しいうちはその現実も楽しいかもしれない。

問題は、どこまで行っても一体性を経験することがない点だ。

幸せにもならないという点だ。

 

自分のための他者貢献ではなく、相手の幸せを考え他者貢献しての見返りでやってきた経済というのは

本当に人生が充実する。

逆にそれ以外で発生した経済というのは苦しむようにできている。

 

素晴らしい教育の仕組みだなって思う。

愛が法則だから、それ以外の法則に従って生きたときは「苦しみ」に繋がっているのだ。

こんなシンプルな仕組みだったのかって思うくらい。

でも私たちは渦中にいる時には、他者を自分の利益のために活用しながら

本気で幸せになれる信じているものである。

うまくいかないのに、それに結構気づけなかったりする。

不埒な思いに結構気づけないのだ。

特にそうゆう想念をジャッジしていると、なおのこと他人行儀になって

保持してしまって自分がその想念を生きてしまう傾向が強くなる。

 

心のゴミ掃除は念入りにしていくとその見返りは大きい。

 

 

最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

        

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