和歌山<円月島>から<那智の滝>ぶらり旅日記

 

                 

 

旅日記です。

 

                 

 

                              三段壁 すごく気持ちよかったです。

 

 

                

                          

自分の霊性に目覚めていくための努力で得ていく霊的利益の恩恵は計り知れない恩恵なのだなと

最近つくづく思うようになっています。不幸と言われる事象や人間が人間を傷つけ合う行為や飢餓や病気という

私たちの誰もが望まないのに体験してしまうことを避けられないこの世界というものを突き動かしているものは

一体なんなのか・・・おかしいなと思っても脱することもできず

幼少期、思春期、青年期と経過していく中で、色々なヒーリングの概念、テクニック、スピリチュアルの情報

を学んでいく中で、外的不幸についての捉え方について訓練し変わり、

それに付随して体験していくものが変化していく経験をしていく中で「事柄というのは個体で変わらないように見えたり

見える見え方をするけれども、変わっていく様を見ると実体がない現象」だということに気づかされていく。

 

段々に、現実の悲惨さや困難さが自分の価値や本性を真に証言しているものではないと

わかる度合いが深くなればなるほど、嘆きがなくなっていき、リラックスできていいなって思います。

悲惨な現実に対する自分の捉え方をシフトさせていくと体験したこともないような雰囲気を経験していきます。

これもうまくは文章で表現できませんが、そうゆうものなんだな、いいんだな〜って思います。

ゆるされていいんだな〜〜。そんな風に感じています。

 

自分が経験していく現実の雰囲気は変わってくのですが

たった一つのもの、同じものを相手にしているだけだとわかっていきましたが、

自分が現実だと思い込んでいる状況というものは

見た目が個体に感じるので変化しないように思いますが

外的状況というのは、そもそも動かないものでなく

エンドレスに実は変化していて、

そもそも実体があるものではなかったのだなと。

状況は、そもそも空っぽだとわかると、

「それでは、この苦しみの原因は何処にあるのだ??」ということになって

心というものの存在に気づいていくので癒していける。

なるほど!!と深まっていく。

 

悲惨な外的状況が自分の苦しみの原因だと思っていたものが、ひっくり返って

この世界に原因が無いことを知っていくプロセスは

まるで心自体が自分の心に不気味な魔術をかけた

黒魔術の種明かしを見ていくようです。

やっぱり、つくづく、ナチュラルに狂気だったんだなって思います。

 

心のメカニズムのこの種明かしを見ながら、この世界を生きていくのは

従来の自分が教わった感じ方、付き合い方、語り方

生き方から見えてくる体験と全く違う体験が始まり、人間の霊性について悟っていく道とは

非常に心を安心させていくだけでなく、色々な面で自分の悪習慣や悪癖に心から気づけるようになって

やめていけるようになるだけでなく、思慮深くなったり、

無自覚で行なっているような自分を傷つけるような経験をわざわざしていくような

こともしなくなったり、キュッと閉まる感じから解放されていくので

そうゆう意味でも生きることも楽になったなと思います。

 

それから「奇跡講座」を勉強するようになっていいな〜って思って気に入っているのは

自分の攻撃性の原因を自覚できるところまでいける点。

自分の攻撃性から解放されていける点は非常に有意義だと思います。

結果的に、罪悪感を生じさせなくなっていくことに繋がるので

「罪」の経験から、さよならできる。処罰の経験から卒業ですね。

心の刑務所暮らしから卒業できるわけです。

 

自分の外側に何かがあると思っている時は、外的状況の中に(心の以外のところに)

何かを構築しようとするけれど

フォーカスを外せば、消えてしまう現実というものの正体を体験すると

「無い」ということの意味を知っていくので

その事実に触れた時の豊かさは、たとえ話がない豊かな経験でした。

 

自分が肉体でその肉体が病んでいて苦しんでい思っている知覚そのものが間違いで

そもそも病気になれると信じている心自体病気だということ。

肉体のレベルに現れている病気は「心の病が投影されたもの」というふうに捉え、

私たちが癒そうとしているのは、肉体の症状の奥にある心の状態
(一見ニューエイジ系と同じように見えるかもしれませんが、本当に全く違うのです。)

パンドラの箱をあけた感じです。

 

 

何十億の資産を持っているようなお金持ちでも、

自分の持っている富をどのように使っているかというと

自分も豊かになれそうな、旨味がありそうなイメージを相手が持つような仕組みづくりがされていて

少ないお給料で気持ちよく自分の労働力を提供していくように「富」を使っていたり

相手を罪悪感で支配したりしている現実を

色々なケースを通し見ると、この世の富やブランドや地位や名誉は、

確かに自分の欠乏感の蓋にはなってくれるアイテムだけど

決して自分を不快の原因からは解放してくれないということは確かにないことは「奇跡講座」を

勉強して

「奇跡講座入門」に書かれているように、

この世界を動かしているのは、罪悪であって愛ではないことは

「奇跡講座」を勉強して実践し始めると、このような世界の性質を自然と理解していけるようになるのですが

それでも、このコースの言っているような「目覚め」は、そう簡単に受け入れていけるようなものではなく

これは、自分がある意味、この世界の中で自分なりにやるだけやって、努力してみて、ある種の絶望感を経験して

別な道を模索して、出会って、やりたくなった時にしか無理な取り組みだ、というのは本当だと感じました。

ビジネスとしても成り立つようなものでもないし、ましてや、広めていくようなものでもないく

自分で探して行き着いたとか、たどり着くような形で見つけて出会うみたいな・・・

そんな要素の学びなんだなって思うようになりました。

出会った最初は、みんなこの情報を求めているんじゃないか!!

そんな風に私は思ったのですが・・・。

知れば知るほど、本当のコースの教えていることについては

これは逆に聞きたいような話ではなかったんだな〜〜とつくづく思うに至りました。

(言われた通りでした。)

 

コースによれば、この世界は、自分の罪悪感を投影する場所で

肉体も頭脳も心をわからなくするために作られたものだとか、

意識は分離を信じた心の状態である領域であることなど学んでいくわけですが

私がニューエイジで本気で取り組んだ全てを周波数で捉えて次元上昇なども、

コースの高い視点からそれがどうゆうものなのか見せられると(完全に自我から解放されている視点)

分離の領域・・・・だということが、知る意欲が自分の中であれば、

比較的早い段階で透けてしまうと思うのですが

本当に衝撃的だったのでした。

 

セドナに行った時、上空に宇宙船がいるのが感じられたり、

宇宙船がワープする瞬間を見たり

(マチュピチュに行った時など、本当に巨大宇宙船がめっちゃリアルで寝ているとも違う、
肉体次元で起きているとも違う物理次元と何かの間って言った方がいい次元で現れあまりに巨大すぎて、
恐れが強くて乗車拒否的体験した話をしたら、バシャールに乗ってみればよかったのに・・・と突っ込みも爆笑です。)

体外離脱の経験をしたり・・・なんだかんだ様々な経験を経て、コースを学んでそれらを見れば

単に自分好みの幻想レベルでの幻想の一つのお話だけだったという点。
(もうひたすら爆笑するしかない。)

荒唐無稽な一つの夢だということ。まさに、幻想は広大無限ですね。

 

次元上昇系(周波数系)のスピリチュアルの世界観では、

罪悪感って本当に相当周波数を下げていかないと体験できないって見え方になるのですが

出てくる自分の不快感を感じるのではなく手放してシフトしていく価値観で

自由な意識を使って豊かさを生み出していく意識の方で生きていくという世界観なのですが

これは厳しい話になるかもしれませんが、一歩間違えると重度現実逃避となります。

とにかく振動数を上げていくと感覚的には回転スピードが高速になる感じで、体感としては

細かくて滑らかで絹のようになっていく感じでした。

周波数が低ければ目が荒くなる感じや重たい感じに感じられる次元でした。

でも、ワプニック解説でコースを勉強したことで、

愕然としたのは、そもそも論で、罪悪感を生じさせる根幹には

微細も踏み込まず取り組んでいないという実態に自分で気づき

見てはいけない一貫性のある理屈の矛盾をみてしまう羽目になって

「・・・いい意味で撃沈、沈没」でしたねぇ。(笑)

罪悪の根幹に触れてないこともそうですが、周波数をあげて自分は振動数をあげて天国にいけても

そうじゃない人がいるという心の状態ってやっぱり天国ではないので

そうゆう矛盾を持ったまま真の幸せなどなるわけないことも、透けて(自分で受け入れられたからなんでしょうね)

そこも超えていく必要があることも

徐々に受け入れていきました。

 

コースに書かれている、

「この世界では、相矛盾する二つの言葉を、一つにつなぎあわせておきながら

その矛盾をまったく知覚しないという驚くべき傾向がある。」

周波数で捉えていくと次元は上昇する幻想(よりよりと感じられる幻想ですね)を経験することで、

根っこは決して抜かない・・・か・・・。

なるほど〜〜。グルグル何度でも回りながらでも決してそこから脱していくことはない旅路から

解放してもらえてた私はものすごい奥行きを感じて、大そう感動したのですが、

そんなに人様が知りたい情報ではないことに本気で気づいていくようになり
(特別性に踏み込まない領域でのコースとの関わりはニーズも人気もあってそれはそれで楽しそうです。)

そうなってからは、年々話さなくなっていくプロセスを辿っていきました。

どんなことを学ぶにしても、どんな段階だろうと、その人その人が自分が満足するものをすればいいし
その人、その人一なる導きというのが付いているので、その人の道でいいんだなってことなんだなって
ども道も結局は、最後は、全て同じ場所にたどり着くんだから・・・。って自分の方がそんな風に変化していきました。

 

 

 

不快な感覚の原因を外に見ていくと、必ず、攻撃していくことになりますが

これは、眠っていく生き方、分離しているという自分のを強化していくことになる。

もっとシンプルに言えば、攻撃は単純な話「罪悪の投影」

不快感を生じさせている原因にアクセスして癒していく存在の仕方になっていくと

この世界の体験の仕方はもっと違った意味で人生の生き方に深みが出るように思う。

 

この生き方は、情報を手に入れようとしているのでは無く

新しい習慣を身につけよう!!という種類の話になってきます。

 

習慣を身につけていくには、時間と忍耐、日々の実践が不可欠!!

 

今までは自分の苦しみの原因を外的状況の中に見てきた習慣

(自分以外の何かに責任を転嫁していく生き方)から

自分の日常を自分の決断から苦痛を生じさせているということを

思い出せるようになるために「不快感」を使っていくという画期的な生き方。

体験している不快感への反応を仕方を変えていくことで体験が変わっていきますが

かなり相違があるし面白いし癒されます。

 

不快感(罪・罪悪の色々なバリエーション)の原因を外に見て

(自分の決断以外のところ)に見ていく生き方から(神との分離強化していく生き方)

それは虚言だったと思い出せる生き方!!

 

この種明かしを見ながら、生活するってやっぱり一品美味しい料理がついた感じで豊か。

創造されたままの自分を思い出していくってことも生活の中に取り入れて

暮らしていくと深みのある豊かさを経験していきます。

 

罪とは自分が信じたものであり、自分が作り出したものであり、

それは一体性と分離が起きたと自分が信じていることを罪深いとして

自分で罪悪を生じさせたと思い出して、自分の心の決断の力を取り戻していく

病気が自分の苦しみの原因ではなかったと悟っていくと平和が戻ってくる。




                 

 

月島

 

                   

 

敵は、外にはないない。心の中に自分が作ったのである。

 

そして、その敵は攻撃では取り消すこともできない。

 

攻撃すればするほど強大な敵としていく。

 

 

訂正を受け入れること、赦すことを学び実践していくことで

 

自分が作り出した処罰の神という敵は、自分の思い込みだったのだと思い出せる。

 

平和を外に求めると必ず戦争になる。

 

敵は外には存在しない。

 

 

                  

 

 

                  橋杭岩  めっちゃ気持ち良かった。

 

                    惹かれる大きな岩に登って、瞑想も気持ち良くて、静かな時を過ごしました。

 

 

                  

               

 

不幸な外的状況って、別に悪いことじゃない。それに恥ずかしいことでもない。

 

困った状態って困った状態でもない。

 

不幸は悪いこと、

 

劣っていることって思い込んでいたり

 

言葉にしないけど内面で決めつけているケースはあるけれど

 

実際はそうじゃない。

 

地道ではあるが、とにかく日常で実践していくことで

 

実際に反転していって、そうじゃないということがわかるようになってわかるようになる。

 

この世界でも技術に熟練していくには、継続して努力していくことと同じで

 

                  霊的進歩の道も同じ。

                         実践していて、スピリチュアル実践にも山や谷がある

 

つまずくところ、混乱してしまう点などいっぱいあるものだ。

 

私が随分と理解できないで理解していくまでに時間を要した部分など

 

自分が理解したことを分かち合うことで

 

解放されて楽になって実践していく勇気につながっていっていることを

 

経験させてもらって、もっともっと実践して幸せになっていくことに(赦すことに)

 

努力して行こうって勇気や励みをいただく出会いに感謝している。

 

だ私たちの多くが永遠の幸せへの道に出る道を模索しているし

 

自分自身、苦しみの原因がわからず、ものすごく苦しんできたし、

 

苦しみの原因が見えるところまで、「どうやら行けそうだ」って思える

 

教えに出会ったように見えても、すぐに実践ができるようになって楽になれたわけでもない

 

そんな時、理解の橋をかけてくれて助けてもらえたことは本当に本当に大きかった。

 

実践している人がいるって感謝だし、

 

だからこそ、本気で原因のあるところまで戻る赦しをして訂正を受け入れていくことに努力を差し出し

 

幸せへの防壁を取り除くことに一生懸命努力し心を癒し真の心を取り戻して行こうって思う。

 

自分が実践して真に受け取っただけ分かち合っていけるから。

 

そして幸せになっていく道はいっぱいある。

 

レベルもいっぱいある。

 

    どんなレベルでも言えることは、本当に正しいなら絶対によくなっていくという点。

(ここで言っている正しさは、自分の側が正解で相手が間違えているという勝敗の正しさではありません。)

                   (赦しをして例え現実が良くなっていかなくても必ず心が幸せになっていきます。)

 

                 

 

白浜、沖縄の海岸より綺麗でちょっと意外。

 

 

                 

 

                 

 

                 

 

白浜から見る夕日きれいだったぁ。

 

 

                 

 

 

                 

 

 

                

 

                              大好きな「那智の滝」

                             相変わらず気持ちよかった。

 

                            最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

        

                                                                  トップページへ戻る

                                                                 日記トップページに戻る


 

           ACIMを深く学ぶウェブサイトのフッターライン      
                 真実に生きる!実相世界で生きる「奇跡のコースの学びが深まる」 はKKCが運営しています。
                    Copyrights(C)2012 DAINISHINSOTU CO.LTD All rightsreserved