和歌山<円月島>から<那智の滝>ぶらり旅日記

 

                 

 

旅日記です。

 

                 

 

                              三段壁 すごく気持ちよかったです。

 

 

                

                          

目覚めていく生き方を自分のものにしていくことで

外的不幸についての捉え方が変わり、

それに付随して体験していくものが変化していきます。

嘆きがなくなっていくって楽でいいなって思います。

悲惨な現実に対する自分の捉え方をシフトさせていくと

体験したこともないような雰囲気を経験していきます。

いいんだな〜って思います。

ゆるされていいんだな〜〜。

自分が経験していく現実の雰囲気は変わってくのですが

たった一つのもの、同じものを相手にしているだけだとわかっていきましたが、

自分が現実だと思い込んでいる状況というものは

見た目が個体に感じるので変化しないように思いますが

外的状況というのは、そもそも動かないものでなく

エンドレスに実は変化していて、

そもそも実体があるものではなかったのだなと。

状況は、そもそも空っぽだとわかると、

「それでは、この苦しみの原因は何処にあるのだ??」ということになって

心というものの存在に気づいていくので癒していける。

なるほど!!と深まっていく。

 

悲惨な外的状況が自分の苦しみの原因だと思っていたものが、ひっくり返って

この世界に原因が無いことを知っていくプロセスは

まるで心自体が自分の心に不気味な魔術をかけた

手品の種明かしを見ていくようです。

やっぱり、つくづく、ナチュラルに狂気だったんだなって思います。

 

種明かしを見ながら、この世界を生きていくのは

従来の自分が教わった感じ方、付き合い方、語り方

生き方とは全く違い呼吸がしやすくキュッと閉まる感じから解放されていくので

生きることも楽なったなと思います。

自分の攻撃性の原因を自覚できるところまでいくので

自分の攻撃性から解放されていける点は有意義だと思います。

結果的に、罪悪感から、さよならできる。処罰の経験から卒業。

心の刑務所暮らしから卒業できるわけです。

 

自分の外側に何かがあると思っている時は、外的状況の中に(心の以外のところに)

何かを構築しようとするけれど

フォーカスを外せば、消えてしまう現実というものの正体を体験すると

「無い」という意味を知っていくので

その事実に触れた時の豊かさは、たとえ話がない豊かな経験です。

 

病気で自分が苦しんでいると思っていく生き方からシフトして

病気で苦しんでいると思っていた思い癖を手放し

(自分の分離の決断以外に原因があると逃避していく生き方)

この不快な感覚は、病気からきているのではなく

自分が神との分離を信じた結果でこの感覚を生じさせていたんだ・・・

このことを思い出していくってなんだか、すごく豊かです。

パンドラの箱をあけた感じです。

 

 

20億の資産を持っているようなお金持ちでも、

怒ったり、相手を罪悪感で支配したりしている現実を

目の当たりに見ると、この世の富やブランドや地位や名誉は、

自分の欠乏感の蓋にはなってくれるアイテムだけど

決して自分を不快の原因からは解放してくれないということを教えていますし

「奇跡講座入門」に書かれているように、

この世界を動かしているのは、罪悪であって愛ではないことは

自然と理解していくようになるのですが

コースの言っているような「目覚め」は

これは、自分がある意味、やるだけやって、ある種の絶望感を経験して

やりたくなった時にしか無理な取り組みだ、というのは本当だと感じました。

広めていくようなものでもないし

自分で探して行き着いたとか、たどり着くような形で見つけて出会うみたいな・・・

そんな要素の学びなんだなって思うようになりました。

最初は、みんなこの情報を求めているんじゃないか!!

そんな風に私は思ったのですが・・・

知れば知るほど、本当のコースの教えていることについては

これは逆に聞きたいような話ではなかったんだな〜〜と思うに至りました。

(言われた通りでした。)

 

コースによれば、この世界は、自分の罪悪感を投影する場所で

肉体も頭脳も心をわからなくするために作られたものだとか、

意識は分離を信じた心の状態である領域であることなど学んでいくわけですが

私がニューエイジで本気で取り組んだ全てを周波数で捉えて次元上昇なども、

コースの高い視点から見せられると

分離の領域・・・・って、光が当たって本当に衝撃的だったのでした。

 

セドナに行った時、上空に宇宙船がいるのが感じられたり、

宇宙船がワープする瞬間を見たり

マチュピチュに行った時など、本当に巨大宇宙船がめっちゃリアルで

寝ているとも違う、肉体次元で起きているとも違う

物理次元と何かの間って言った方がいい次元で現れ

あまりに巨大すぎて、恐れが強くて乗車距離

その話をしたら、バシャールに乗ってみればよかったのに・・・

体外離脱などなど様々な経験を経て、これも私好みの幻想レベルの幻想の一つのお話ということ。

一つの夢だということ。まさに、幻想は広大無限ですね。

 

次元上昇系のスピリチュアルの世界観では、

罪悪感って本当に相当周波数を下げていかないと体験できないって見え方になるのですが

出てくる自分の不快感を感じるのではなく手放してシフトしていきます。

自由な意識を使って豊かさを生み出していく意識の方で生きていくという世界観なのですが

とにかく振動数を上げていくと感覚的には回転スピードが高速になる感じで、体感としては

細かくて滑らかで絹のようになっていく感じでした。

周波数が低ければ目が荒くなる感じや重たい感じに感じられる次元でした。

でも、ワプニック解説でコースを勉強したことで、

愕然としたのは、そもそも論で、罪悪感を生じさせる根幹には

微細も踏み込まず取り組んでいないという実態に自分で気づき

見てはいけない理屈の矛盾をみてしまう羽目になって「・・・」でしたねぇ。(笑)

罪悪の根幹に触れてないこともそうですが、周波数をあげて自分は振動数をあげて天国にいけても

そうじゃない人がいるという心の状態ってやっぱり天国ではないので

そうゆう矛盾を持ったまま幸せにはなれないことも、透けて

そこも超えていく必要があることも

徐々に受け入れていきました。

 

コースに書かれている、

「この世界では、相矛盾する二つの言葉を、一つにつなぎあわせておきながら

その矛盾をまったく知覚しないという驚くべき傾向がある。」

周波数で捉えていくと次元は上昇する幻想を経験することで、根っこは決して抜かない・・・か・・・。

なるほど〜〜。

その人、その人ガイドが付いていてその人の道でいいんだなってことなんだなって。

ども道も結局は、最後は、全て同じ場所にたどり着くんだから。

 

 

不快な感覚の原因を外に見ていくと、必ず、攻撃していく生き方になる。

これは、眠っていく生き方、分離しているという自分のを強化していくことになる。

不快感を生じさせている原因にアクセスして癒していく存在の仕方になっていくと

この世界の体験の仕方はもっと違った意味で人生の生き方に深みが出るように思う。

 

この生き方は、情報を手に入れようとしているのでは無い

新しい習慣を身につけよう!!という話。

 

習慣を身につけていくには、時間と忍耐、日々の実践が不可欠!!

 

今までは自分の苦しみの原因を外的状況の中に見てきたし習慣

(自分以外の何かに責任を転嫁していく生き方)から

自分の日常を自分の決断から苦痛を生じさせているということを

思い出せるようになるために「不快感」を使っていくということ。

体験している不快感への反応を仕方を変えていくのだ。

 

不快感(罪・罪悪の色々なバリエーション)の原因を外に見て

(自分の決断以外のところ)に見ていく生き方から(神との分離強化していく生き方)

それは虚言だったと思い出せる生き方!!

 

この種明かしを見ながら、生活するって豊か。

創造されたままの自分を思い出していくって豊か・・・

 

罪とは自分が信じたものであり、自分が作り出したものであり、

それは一体性と分離が起きたと自分が信じていることを罪深いとして

自分で罪悪を生じさせたと思い出して、自分の心の決断の力を取り戻していく

病気が自分の苦しみの原因ではなかったと悟っていくと平和が戻ってくる。




                 

 

月島

 

                   

 

敵は、外にはないない。心の中に自分が作ったのである。

 

そして、その敵は攻撃では取り消すこともできない。

 

攻撃すればするほど強大な敵としていく。

 

 

訂正を受け入れること、赦すことを学び実践していくことで

 

自分が作り出した処罰の神という敵は、自分の思い込みだったのだと思い出せる。

 

平和を外に求めると必ず戦争になる。

 

敵は外には存在しない。

 

 

                  

 

 

                  橋杭岩  めっちゃ気持ち良かった。

 

                    惹かれる大きな岩に登って、瞑想も気持ち良くて、静かな時を過ごしました。

 

 

                  

               

 

不幸な外的状況って、別に悪いことじゃない。それに恥ずかしいことでもない。

 

困った状態って困った状態でもない。

 

不幸は悪いこと、

 

劣っていることって思い込んでいたり

 

言葉にしないけど内面で決めつけているケースはあるけれど

 

実際はそうじゃない。

 

地道ではあるが、とにかく日常で実践していくことで

 

実際に反転していって、そうじゃないということがわかるようになってわかるようになる。

 

この世界でも技術に熟練していくには、継続して努力していくことと同じで

 

                  霊的進歩の道も同じ。

                         実践していて、スピリチュアル実践にも山や谷がある

 

つまずくところ、混乱してしまう点などいっぱいあるものだ。

 

私が随分と理解できないで理解していくまでに時間を要した部分など

 

自分が理解したことを分かち合うことで

 

解放されて楽になって実践していく勇気につながっていっていることを

 

経験させてもらって、もっともっと実践して幸せになっていくことに(赦すことに)

 

努力して行こうって私は思う。

 

だって、私たちの多くが永遠の幸せへの道に出る道を模索しているし

 

自分自身、苦しみの原因がわからず、ものすごく苦しんできたし、

 

苦しみの原因が見えるところまで、「どうやら行けそうだ」って思える

 

教えに出会ったように見えても、すぐに実践ができるようになって楽になれたわけでもない

 

そんな時、理解の橋をかけてくれて助けてもらえたことは本当に本当に大きかった。

 

実践している人がいるって感謝だし、

 

だからこそ、本気で原因のあるところまで戻る赦しをして訂正を受け入れていくことに努力を差し出し

 

幸せへの防壁を取り除くことに一生懸命努力し心を癒し真の心を取り戻して行こうって思う。

 

自分が実践して真に受け取っただけ分かち合っていけるから。

 

幸せになっていく道はいっぱいある。

 

レベルもいっぱいある。

 

    どんなレベルでも言えることは、本当に正しいなら絶対によくなっていくという点。

(ここで言っている正しさは、自分の側が正解で相手が間違えているという勝敗の正しさではありません。)

                   (赦しをして例え現実が良くなっていかなくても必ず心が幸せになっていきます。)

 

                 

 

白浜、沖縄の海岸より綺麗でちょっと意外。

 

 

                 

 

                 

 

                 

 

白浜から見る夕日きれいだったぁ。

 

 

                 

 

 

                 

 

 

                

 

                              大好きな「那智の滝」

                             相変わらず気持ちよかった。

 

                            最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

        

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