和歌山〜〜円月島から〜那智の滝 ぶらり旅〜〜日記

 

                 

 

日記更新です。

 

和歌山ぶらり旅日記+実践日記をちょっぴり書いてみます。

 

 

 

                 

 

                              三段壁 すご〜〜〜くいい感じ。

 

 

                

                           自殺の名所でも知られる場所「三段壁」

                   身投げ供養塔と明記された塔があって、ちょっと私には意外な印象に映りました。


マチュピチュに行った時も周りは戦場で中心がパワースポットってなっていて。

二極が表現されていた。

二元的なスピリチュアルでチチカカ湖は第2チャクラと言われ聖なる場所としているが

 

チチカカ湖に住む人たちは、食用に小さな黒豚を買ったり、観光人に自分たちが作った人形などを売ったりして

生計をたてながら静かなに暮らしている感じ場所プーノ自体は暴動が起きている

二極が表現されていた。

 

 

この世界(宇宙も含め)があることが大前提の上に成り立つ二元のスピリチュアル的にいえば

 

聖地・パワースポットとされるそれぞれのその場所の一つ。

 

そして、この三段壁もパワースポットと言われながら、何故か自殺(自分を殺す)の名所でも有名な場所。
   

                        そうゆう場所で、こうゆう「塔」を見るのは私は初めてでした。

                              身投げ=自殺=自分を殺す行為

 

               「自殺はしないほうがいい」ということの意味は「悪いこと」って思っている方も多いと思いますが

           

               私自身は、心まで戻って原因のあるところでの「赦し」というものを学び実践するようになってからは

 

                          「悪いこと」ということではないことを知っていき

 

分離の想念そのものが肉体ということで


自己責任を放棄して逃避した結果のこの知覚への堕落ってすごいな〜と自分で気付いていくようになりましたが

 

                  自分だと思っているものを肉体に投影して肉体を葬ることは悪いことではなく弱虫でもなく

 

極力しない方が自分にとって懸命であること。


                        争いや、「差」があるという考えを強化していくことは

                      別に悪いことではなく、分離という信念を強化してしまうということ。

 

強化していくことも悪いことではないですが

 

                 分離を信じることをし続けることは大変心は不自由となり苦しみましし天国ではなくなるので

 

                   幸せでありたいなら、攻撃よりも赦すこと(他者を無視した自由でもないですし

 

                 わがままを肯定していくことでもありませんし、他者の機嫌をとることでもありません。)を

 

学んだ方が幸せでいれるという点です。

 

                 身投げした方が、仮に辛さが外や状況の中にあると心底勘違いしていて肉体を放棄することで

 

                         楽になれると思って物理的に肉体を消し去ったとするなら、

 

                私が、「愛されること」を経験することで、真の幸せではないこと、幸せとは「愛されること」じゃなく

                   「愛すること(この世界では障壁と遭遇したら赦すこと)」だったんだと思い出せて

 

正気になることができたように、「塔」に込められた「成仏できるように・・・」

 

という本当の思いやりの思いは

 

どれだけその方々の救いと助けになるだろうと「塔」を見ていて感じました。


「真に思う気持ちや真に祈る気持ち」は目に見ることはできませんが、

 

本当に助けになりものすごいパワフルだと思います。

 

真に祈るという気持ちは

 

あなたより幸せな私が不幸なあなたのためを思って教えてあげている的な親切という名の見下しやお節介的な愛情ではありません。

 

また、相手の外的不幸を不憫に思って同情(同じ振動数になること)していく愛でもありません。

(この種の愛に見せかけた、攻撃の想念は、スピリチュアル実践の進歩の道で私たちの誰もがやってしまっていても

気づけない側面の一つですし、この部分は自分が気づく気にならないと気づいていけないところですね。)

 

                       「奇跡講座」が説く「赦し」を勉強して取り組むようになってから

「完全にその人自身の立場に立って考えることは実は不可能で誰にもできないことだったんだ・・・」

という事実が腑に落ちていった時

言葉にできないけれど、すごい解放をその時も体験しました。

 

身投げを選んだ方の事情やその時の理由は私にはわかりませんが

 

人を本当に助けたいと思う気持ちだったり


                相手が幸せであることを本当に願う気持ちというのは、本当に救くってくれるな〜って思います。

                 心から真に相手を思う気持ちは自分だと思っている自分も、助けたい対象になっている他者も

                            救われていく「思い」だなと経験から思います。

 

私は心からよくここまで自分を本当に不幸な人だと思えたなと思いましたし、どうしたら抜けられるだろうか

 

どうして私はこんなに不幸なのだろうか・・・とにかく抜けたい。どうしても抜けたいって

 

小さい時から本気で思っていました。模索して、沢山模索して苦しんで実践し続けてきて

 

やっと自分が「間違えていた」ことに気づけるところまで来れて

 

外側には自分の苦しみの原因がなかったことが理解できるところまで来れて

 

本当に益々実践の意味もわかるようになって救われていっています。

 

 

 

                          「三段壁」雨でも、すごく気持ちのいい場所でした〜。

 

                   

 

 

「ゆるしの実践」によって、自分が無明の状態だったとわかるところまで回復した時

 

 

 

 

                   神(愛)との分離を実在のことにする力動に従えば従うほど、心の闇は一層深くなり

                 深くなればなるほど心は眠りが深まり、裁きやジャッジ攻撃衝動が強くなることなど


                  心を苦しめていくメカニズムの仕組みが見える度合いが増し、実践がよりできるようになっていきました。

 

「奇跡講座」は一元論の教えと高度な心理学が統合された書籍な訳ですが

 

本当「心のメカニズム」が解き明かされているって、最高!!って思います。

 

幸せになっていく度、(反映の一側面として物理的なことで体験していくこともありますが

 

そうゆう体験を超越していて、幸せであれる頻度が増していきます。物理的な変化や現実が好転に感じるようなことは

 

実際に起きていきますが別に起きていかなくても気にならなくなりますし

 

そうゆうことは自分の関心ごとではなくなっていきます。)

 

幸せになっていけるってことが明確になっていき

 

わかるようになるからだと思いますが

 

プロセス自体が楽しいって思えるようになるところまでくるともっと実践は楽になって行きます。

 

(赦すことに頑張ったご褒美なんだと思います。)

                        

 

 

心底!!違かったんだ〜〜って思いっきり思います。

 

何が「違う」かって

 

外的映像が不幸だったから不幸だったんじゃなく、心の中に原因があったんだって点。

心の底から不幸な外的映像だったから辛かったのかと思っていたことが

実は誤謬だったと認識できるシフトが起こって

 

真面目に、になった〜〜〜〜〜。

 

                        (ここまでの自覚を取り戻すのにどれだけの修練だっただろう〜〜爆)

 

 

自分でここまで根深く、外的映像の中の方に原因を見ていたとは思いってもいなかったほどの

 

またグッと反転が起こって生きやすくなっていっています。



                              投影を戻す訓練をしてきていたり、

 

何度も自分の中に原因があるということを

 

わかるような体験をしてきていたりしたので


自分は外に原因があると思っているなんて思っていなかったんです。

 

この反転

 

(苦しみの原因がこの世界には本当に微塵も存在してないという事実に気付けた)が起きた時、

 

衝撃が大きすぎて腰が砕けました。

 

                      (もちろん実際に腰の骨が粉砕したわけじゃないですよ。爆)

 

 

 

                  ニューエイジのスピリチュアルの学びの時に「投影」を戻すというトレーニングを

 

                 数年間猛訓練できる機会に恵まれ「奇跡講座」の「赦し」に移行していったプロセスは

 

                        必然で必要なプロセスだったんだな〜って。(私にはですが)

 

 

 

何故そう思うようになったのかといえば

 

実際に実践して体験していくという観点から見ていると

 

「奇跡講座」に興味を持たれる方がたは、「奇跡講座」の「赦し」を実践するというよりも

 

概念に触れている程度なんだなって感じることが圧倒的に多いんだな〜と感じさせられる話題をよく聞いたり見たからです。

 

「奇跡講座」自体は、ニューエイジの教えのようにスキル的なものとは違ってきますし、本当に包括していますし

 

数年で会得できるような種類のものでもないですし、理論の概略を理解していくだけでも

 

数年以上かかるようなもので、下手したら、10年以上経過しても初歩的な理論の理解で止まっていたり

 

実践レベルって側面から見ていっても「奇跡講座」的に見たら初歩の段階で止まっているケースもあると

 

耳にした程ですから、「奇跡講座」の「赦し」は、概念として触れるだけや

 

実践していてたとしても理論をそのまま理解して実践していこうとするよりも

 

むしろ歪曲した状態というのが圧倒的に多かったりするのが今のタイミングの現状だということを知っていく中で

 

(悪いとかレベルが低いということではなく)

 

なんだか、「まずは苦痛の原因が外にはその要因がない」ということを気づいていく「予行練習としての実践」という意味では、

 

ニューエイジの学び(自分のしたい体験ができるように進歩していく)に惹かれている場合の方が、理屈抜きに

 

実際に自分の日常を使って「原因が自分の中にある」と気づいていこうとする実践という意味においては取り組み意欲高い方

 

本当に多く遭遇したので(あくまで私の場合ですが)

 

               「現実をよくしていくレベル」とはいえ

 

          「投影を戻す」という練習をしていく予行練習という意味において見た場合は逆に非常に「実践的」だったなと。

 

苦しみの原因が外的映像の中にないということに気づいていくための予行練習として

 

                  ニューエイジの実践を見ていった時に、現実を変えることが主目的ではあるけれど、
 

                   (自分はそれとは気付かず目覚めていくことが目的だと思って実践をしてはいますが)

 

心まで戻っていく実践の前段階の筋トレとして

 

必要不可欠で大事なプロセスとなったように思います。(あくまで私の場合ということです。)

 

 

本当に完璧な心の中の教師を変えていくためのトレーニングの予行練習

 

 

               現実をよくしていくって言っても、正直、途方もない努力をしていきますし

 

              莫大な時間をそのことに費やしていく努力をしていくわけですから、そう言った意味でも

 

                    現実をよくしていくレベルといっても、大変な修練だと個人的には思います。


 

 

 

毎日、不快な感情を頼りに心に戻って「赦す」ことを習得していくことのメリット・恩恵は

 

不幸から解放されていってる経験から、心底恩恵を実感してきているので

 

当然ですが、抵抗があっても、(何故抵抗するか理解できるようになったことも大きいですが)

 

超えていくことの方を選ぶことを選ぶのですが

 

(この意欲も赦せば赦すほど持てるようになっていっている経験から雪だるま式なんだなって思います。)

 

とにかく日々やっていると本当にいいですね。

 

原因まで戻ってそこで「赦す」といっても実際は心に戻っていくプロセスなので

 

相当な向かい風に向かっていくようなものなのですが

 

  向かい風に向かっていくことが慣れっこになっていくんですよ。(幸せへの扉ってわかるようになるからなんでしょうね)

 

動揺してもそのことについて微動だにしなくなっていけるんです。

 

あ〜〜、やっていけば、必ず、もっともっと微動だにしなくなっていくんだなって

 

はっきり実感していくのです。

 

 

すごい幸せでいれる時が増えてから、「赦し」の実践の凄さに

 

                        つくづく気づくようになりました。絶対いけるんだって感覚。


           (逆に言えば原因が外じゃないと完全に気づいていないということは、外だと思っているということを示唆しています。)

                   外的映像は、自分の心に影響を与えているわけではなく、信念から感情が生まれる。

                   イリュージョンがなくなっていくってこんなに楽になっていくことだったのかって。

                        真の自己に心を従えていくって本当に幸せになっていける。


                 

 

月島

 

気持ち良くお散歩してきました。

 

春分と秋分の時期にはこの穴の中心部を通して

 

見ることができるみたいで、随分前ですが算命学という学問を学んでいた私は、

 

(春分・冬至・秋分・冬至とか気の流れなどがでてくるので)

 

春分や秋分の時に、この穴から夕日が丁度見れるなんて

 

随分とロマンチックだなって思いました。

 

 

                   

 

敵は、外にはないない。心の中にある。

 

そして、その敵は攻撃ではやっつけることができない。

 

力を余計に与えてしまう。

 

訂正を受け入れること、赦すことを学び実践していくことで

 

その敵は無となり確実に圧勝できる。

 

平和を外に求めると必ず戦争になる。

 

敵は外には存在しない。

 

 

                  

 

 

                  橋杭岩  めっちゃ気持ち良かった〜〜

 

                    惹かれる大きな岩に登って、瞑想も気持ち良くて、静かな時を過ごしました。

 

 

                  

 

 

 

 

                  

 

不幸って悪いことじゃない。それに恥ずかしいことでもない。

 

困った状態って困った状態でもない。

 

不幸は悪いこと、

 

劣っていることって思い込んでいたり

 

言葉にしないけど内面で決めつけているケースはあるけれど

 

実際はそうじゃない。

 

地道ではあるが、とにかく日常で実践していくことで

 

実際に反転していって、そうじゃないということがわかるようになってわかるようになった。

 

この世界でも技術に熟練していくには、継続して努力していくことと同じで

 

                  霊的進歩の道も同じ。

                         実践していて、スピリチュアル実践にも山や谷がある

 

つまずくところ、混乱してしまう点などいっぱいあるものだ。

 

私が随分と理解できないで理解していくまでに時間を要した部分など

 

自分が理解したことを分かち合うことで

 

解放されて楽になって実践していく勇気につながっていっていることを

 

経験させてもらって、もっともっと実践して幸せになっていくことに(赦すことに)

 

努力して行こうって私は思う。

 

だって、私たちの多くが永遠の幸せへの道に出る道を模索しているし

 

自分自身、苦しみの原因がわからず、ものすごく苦しんできたし、

 

苦しみの原因が見えるところまで、「どうやら行けそうだ」って思える

 

教えに出会ったように見えても、すぐに実践ができるようになって楽になれたわけでもない

 

そんな時、理解の橋をかけてくれて助けてもらえたことは本当に本当に大きかった。

 

だからこそ、本気で原因のあるところまで戻る赦しをして訂正を受け入れていくことに努力を差し出し

 

幸せへの防壁を取り除くことに一生懸命努力し心を癒し真の心を取り戻して行こうって思う。

 

自分が実践して真に受け取っただけ分かち合っていけるから。

 

 

 

 

幸せになっていく道はいっぱいある。

 

レベルもいっぱいある。

 

    どんなレベルでも言えることは、本当に正しいなら絶対によくなっていくという点。

(ここで言っている正しさは、自分の側が正解で相手が間違えているという勝敗の正しさではありません。)

                   (赦しをして例え現実が良くなっていかなくても必ず心が幸せになっていきます。)

 

                 

 

白浜、沖縄の海岸より綺麗でちょっと意外。

 

 

                 

 

                 

 

                 

 

白浜から見る夕日きれいだったぁ。

 

 

                 

 

 

                 

 

 

                

 

                             大好きな「那智の滝」

                           相変わらず気持ちよかった〜〜〜。

 

                

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

        

                                                                  トップページへ戻る

                                                                 日記トップページに戻る


 

           ACIMを深く学ぶウェブサイトのフッターライン      
                 真実に生きる!実相世界で生きる「奇跡のコースの学びが深まる」 はKKCが運営しています。
                    Copyrights(C)2012 DAINISHINSOTU CO.LTD All rightsreserved