赦しの実践日記

 

 

 

懐かしい「原因についてのコース」を受講した時、 思い出話。

以下のこの文章の中の このワンフレーズ「神の子は自我となりました。」 強烈でした。

小さな狂った考えを抱いて神から分離したいと思った神の子は

もし分離の想念を抱いた瞬間に 聖霊に耳を傾けていたなら、

すぐに神との一体性の中に戻れたのですけれども 分離したままでいたかったので、

自我と同一化してしまいました。 分離したままでいたかった。というところが重要です。 自分で望んだのです。

この図からお分かりの通り、神の子が神から分離してきた時には

その分離した心の中で聖霊を選ぶか自我を選ぶかという選択が出来る状態になりますから

神の子が決断の主体になったということです。

そして、決断の主体として、分離したままで居続けることを選び自我を選びました。

その中の◯の所から左側の箱に向かって↙が伸びているのは、そのことを示しています。

そうして、神の子は自我となりました。

それがさらに無数の断片となって この物理的世界にいるのが私達です。

その様な起源を持つ私達ですから、自我の性質をそのまま全て受け継いでいます。

 

という解説で「神の子は自我となりました」というこの一文。

この一文は、、 曇ったガラスをガラスクリーナーで掃除した時の気持ちよさなど吹っ飛ばして

とにかく汗だくで、もういい加減、お風呂に入りた〜〜〜い・・・・限界・・・って状態で

やっとお風呂に入れて、 本当に心身ともにスッキリした時の爽快感に似ている経験でした。

自我が他にいるんじゃなく「自我なんですね」って。

この一言は、一ミリも恐怖の生じない目が覚める「稲妻」でした。

「曖昧のままにできていた何か・・・・」が、そのままではいられなくなって物凄い割れて、

バコンと中心に戻るような衝撃を受け 日常でまた一元論の実践というものが

どうゆうものなのかということについての 理解が深まった一文でした。

私と同じようにニューエイジ系の二元的思考の学びから

完全な一元論という「奇跡講座」の学びに移行し勉強している友人も、

(そもそも一元論と二元論の違いすら理解すらできない知らない次元からのスタートでしたね)

私と同じような体験をし、その気づきに対して、 双方で相当盛り上がった、とても思い出深い、深い気づきでした。

 

「奇跡講座」を勉強していて、すごな〜と思うことの一つは、

言葉にできないことを言葉を使って表現しているところ。

これが本当の言葉というものの使い方なのかなと思えるほど、 作り出してしまったものを使って、元に戻す。

そして、ワプニック解説を 私たちが理解できるように咀嚼して理解の橋をかけている

加藤さんの解説は、稲妻が走るように、 ずっと曖昧にしていたことにも気づかないようなところに、

「パッキ〜〜〜ン」と「答え」という「光」が当たって、

自分では、「自分、知っている、知っている」 「理解している」「熱心」「熱心」という

表面上の意欲の傘をきて、 実際は、しらばくれて、非常に「曖昧」にしている部分に

「光」が当たり、曖昧にできなくなっていくところ。

この経験はある種、気持ちがいい経験で、 心の中で凄く望んでいる自分がいて、

もっと、言ってほしい。そうゆう風に。っていう自分がいます。

まるで、闇が光にかざされて消えたがっている感じです。

心の何処かで、こうなってしまっている自分の状態から抜け出したい思いがあって、

学ぶことが多く、それにしても、奥が深くて、 わかったと思っても、その理解は浅かったんだ・・・

わかったと思っても、 更に年月がすごると全然理解していなかったんだ・・・の繰り返しで、

そうゆう意味で、一朝一夕でいかせたくてもいかない旅で、

困難なプロセスで、 でも、結局、ETが、少年が落とすチョコレートを拾って食べているうちに、

自分を助けてくれる少年のお部屋に辿りついたワンシーンのように、

何もわからないまま、 きっと、一生本当の意味では何も理解できないまま、

救われる必要を自覚して些細な意欲を差し出して 謙虚さを忘れず学んでいるいるうちに

「罪」は自分が作り出したものであって、実際は与えられていたものではないことを完全に受け入れ

自分のこの間違いは本性には何の影響ももたらさなかったことの、この事実を受け入れ

創造されたままの本性を受け入れ 肉体のない状態が本来であり自然なことだったこと完全に思い出し、

創造されたままの自己に従う心の状態に戻っているのであろうと。

そうなった時には、一つの疑問も残っていない心の状態に回復しているのだろうと思います。

創造されたままの自己を思い出す旅路は、

あやとりをしていてこんがらがってしまった状態に似ているかもしれないと。

(解けるだろうが、根気と「やるぞ」という意欲がないと、とてもやる気になれない、)  

 

 

最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

        

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