~くりみか日記~

 

 

 

みなさまいかがお過ごしですか?

2月14日はバレンタイン。

懐かしい手作りチョコレート楽しみました。

お菓子の国みたい!!

 

 

私たちの実相は、苦痛がない場所。

そもそも、そのような考えが一切侵入することも関与することもできないここ

時間も存在できず、関与もできない。

どこからやってくるというものではなく常にある。愛。

消えることもない。

同じものであることもなく変化し続けている新鮮なこの感覚

常に常に新鮮が更新されている。

この世界のピチピチからヨボヨボに変化する変化ではなく

常に新鮮さの連続の変化。

心臓よりも近くにあり

呼吸よりももっと近くにある距離の存在しない、この喜び

場所じゃない、ここ。

中心が何処にもなく

でも完全にある、喜び。

安全そのもの。

何ものからも脅かされることもない、ここ。

望まないと見えなくなり

望むと瞬時に体験する。

ここにいる時、全てが満たされていて不足や不満がなくなっている。

完全に願望が満たされた状態。

赦せば、赦すほど、これだけを望む様になれる様になるというのか

自分が単に望んでなかったことが理解できる様になって

望むようになり、望むと瞬時に満たされる。

とにかく「赦す」と 幻想が消えていく。

幸せだけが残っていく感じ。 幸せになっていく。

 

神は罰しない。

神は愛であり、常に喜びで満たされている。

不足というものがない。

この新鮮が連続する喜びは地上の変化と完全に対局である。

現実が荒れていても全く無関係、侵されない、

ビクともしない、崩れることも変わることもない ここ。

ここにいようって思う。

こんなに安心していられるのなら、私は益々平安でいたい。

益々赦して、ここだけにいれるようになりたいと思う。

新鮮とは、凄い。劣化がない。

永遠というものが湧き続けているようだ。

朽ちていくことがない。

罪の国の変化は、新鮮が劣化していくという何とも狂気の変化

天国というのは、喜びが際限なく起こり続けていて尽きるというものがない必要というものもない。

誰かという概念も忍び込めない。

嬉しい。

幸せっていい。

 

赦しが私を運んでいく体験は私が想像しているよりももっと遥かにすごく、飽きない旅のようだ。

形の幸せに慣れきっている私には、想像の外側で、何だか、嬉しいよ。楽しいよ。

悪魔は存在すると証言するものから私は神が存在すると証言するものに益々自分への心を変えていきます。

 

 

最後まで通読ありがとうございました。今のあなたの何かのお役に立ったり響き合うものがあったら幸いです。

 

 

 

        

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