ACIM・奇跡講座を共に学ぶ3ヶ月コース




  

「奇跡講座」(ア・コース・イン・ミラクルズ)は何故こんなにも難解に感じる人が多いのか?


・惹かれて学び出しても、全体像が何年経っても掴めず難しく感じ理解出来なくて脱落・誤解していく人が多い!
・テキストを読んでいるのに、全く理解出来ない・頭に入らない!
・毎回、強烈な眠気に襲われる!
・自分の好きな様にコースを解釈していることにまったく気づけない!

実は、これは「コース」に出会い学習されている多くの方が体験していることです。しかも、それに気付けないおまけ付き。そのぐらい私達は、自我(分離の想念)と一体化しています。最初は、微塵も自覚ができないのですが・・・

苦痛の原因となっている原因を取り消せるのは心のレベル。その心のレベルでの訂正・癒しを可能にしている「助け」である「真の奇跡講座」は「創造主である神(完全な愛)との分離を信じ自分を自我だと思い込んでいる」という状態にすら気づけない私たちにとっては、とにかく、非常にとっつきにくいだけでなく、形態が聖書用語が数多く使用されているだけでなく伝統的キリスト教がその用語に与えている意味とは全く違う意味が付与されて使用されているので、キリスト教に馴染みのない東洋人にとっては尚更「奇跡講座」が教えている内容の「概略」だけでも理解できるようになるまでにも、非常に、時間がかかるだけでなく「この世界はある」「優劣がある」「解決には難しさの序列はある」「状況から幸不幸が生じている」「攻撃には、正当性がある場合がある」「愚かさ・愚行を裁くことによって注意することは場合によっては、必要である」ということを当たり前のように自然に受け入れてしまっている私たちにとっては、残念ながら「奇跡講座」にビビッと惹かれて、「よし!!」と思い、読み出しても、自我(罪あり、咎め、裁き)が余りに定着してしまっているために、間違いが起きている心のレベル(原因のレベル)での訂正を可能にしている「助け」を理解して実践したくても、実際は、抵抗がすごいため受け入れたくても、おいそれとすぐに受け入れられるような「教え」ではないので、その点も含め初歩段階の「赦しの実践」に理解の橋をかけサポートをさせて頂けたらと思っています。

自我とは・・・(JACIMホームページ奇跡講座の学び方)より


そして「奇跡講座(ACIM)」はスピリチュアルの分野に関心がある人々からは名書と言われている書籍ですが「奇跡講座」が何を教えているコースなのか?ということや「奇跡講座」の「理論面」は正確に理解されているのか?という角度から見ていった時に、実際は、そうではないということの方が圧倒的なのが「奇跡講座」です。何を言っているコースなのか!?ということを含め正確に理解していくには長い月日が必要なだけでなく今まで自分が学んできたの学びを一度完全にリセットして、まっさらな状態で学んでいくことが最初非常に大事になってきます。(そうしないと自分が学んだことと重ね合わせてしまって違う理解をしてしまうからなのです。)一朝一夕では理解できるようなものではなく、一生涯かけて学んでいくスパンの学びとなりますし、コツコツした勤勉さ必要とされる学びの書籍です。

そして実践面で見ていった場合でも同じです。多くの場合「奇跡講座」の「原則」を使って自分の日常というものを自分の世界に対する心(教師を変える)を変える練習のためとしていくというよりも、むしろ外的状況や他者から自分に苦しみ与えられているという間違った思い込みを更に巧妙に正当化するために使用してしまったり、自分の利己的な行為を美化、正当化するために誤用してしまうケースは数知れずです。分離を実在のこととしさらに分離を強化していくために「奇跡講座」が使用されてしまっている現状は否めないようです。このように「分離を実在のものとみなして訂正を受け入れられない」心としての私たちにとっては、この書籍に対しては、大変激しい抵抗があるため理論面の理解をどうしても希釈して理解してしまい、本当の理解に達する前に妥協して(自我の激しい防衛により)今理解している自分の理解の仕方が本当の「奇跡講座」の言っていることだと思ってしまっているということが日常茶飯事的に普通に起きてしまっています。(筆記者ヘレンシャックマンさんやコース理解の第一人者ワプニック先生が理解していたようには「奇跡講座」を理解していないということ)



このように自分の日常でコースの言っていることを、そのままを理解して実践したくても最初から毛頭できるわけではなく非常に根気強さを要します。そして大変時間(理論の初歩的な概略を理解するだけでも、多くの場合数年以上)のかかるプロセスなため独習の軌道に乗る前に挫折してしまうケースや理論面の理解を最後の最後に妥協してしまい、その理解が本当の「奇跡講座」が教えていることだと思ってしまっているケースも少なくないようです。ですので「奇跡講座」が教える「赦し」の習熟は一生涯をかけていくようなものでもあり、生涯を通じてのライフワークです。

この世的な幸せって・・・

何故私たちは(自分も含め)は攻撃(悪口を言いながら・・・批判しながら・・・etc)しながら永遠の平和や愛を求めるのか?物理的な富や豊かさを手にしている人が普通の立場の人を蔑んだり支配的で粗暴さがあり他者を見下さずにいられないのか?何故、人間というものには避けられない苦難が何故お決まりなのか?死の根源はなんなのか?「苦しみ」の根源は...etcの疑問が幼少期からあり、その本質的な解決に向けて探求していく途上で形而上学(純粋な一元論の理論)と高度な心理学の理論が統合された(見事です。)「奇跡講座」という書籍に出会いました。

今まで自分が実践して体験してきていたことがこの書籍(完全に自我から解放された視点)とワプニック解説(加藤氏の翻訳と解説)と出会ったことで、逆に見えていったことは本当に一杯でした。自分の痛みや苦痛の原因を本気で自分の内側にあることを思い出せる実践の恩恵は計り知れません。(実践していくようになって逆に思うようになったことは、自分の心の決断に気づかないと心にとって真の救いはないこと。)この世が与えてくれる幸せというのは、心が本当に満足する真の癒しや解放は提供できません。(だからと言って自分のしたいライフスタイルというのはそれぞれありますから、コースの教えている赦しとはまた別の話となります。)

心が「罪」を信じている限りその心に元々授かっている平安は戻って来れず、「罪あり」「優劣あり」の夢を見続けるサイクルから一向に抜けないこと。

いいも悪いもなくこの世界は分離を実在とみなしている心の投影ですので、メリーゴランドのように繁盛期とそれに相対する閑散期という絵図らになっています。まず、それを知らないと外的状況と自分を同一視して外的状況がいい時期は有頂天になり、人生の冬の時期は必要以上に落ち込んだりして一喜一憂する人生となり浮き沈みを繰り返すサイクルでアップダウンする波乱な感覚の一生になりがち。(いいとか悪いではなく)

この世界の外面的なことは分離の世界ですから「ピーク」とそれに見合った分の「底」がある周期性の連続で構成されています。(特に状況が低迷(冬)の時期に内面に向かうようりも外的状況を改善させることで内面を癒そうとして状況を好転させることに目が向いてしまうケースが結構多い。)この周期性で成り立っているという情報などは、それはそれで「生きていく知恵」として役立ちます。しかし、真の苦しみからの根本解決に繋がっているわけではなく(賢く生きるという意味では、この流れを知っておくことは幻想のレベルでは有益そうに見えるのですが。)ぐるっと回ってまた元に戻る・・・そんな感じです。心を真に癒していくいう意味においては「奇跡講座」の助けは驚異的です。このコースは心を根本から無期懲役の独房から解き放つという角度の実践レベルから見ていった時に(状況に左右されることのない平安な心が達成されることが可能であり、癒されることが本当に起こっていくという観点から見ていった時に)非常に実用的です。(私がこの書籍と出会って実践し始めて実感し始めたことは、この「奇跡講座」という神話を使って自分の日常で本当実践すると本当に癒しを経験し始めること。(最初体験し始めた時は現世利益の幸福感とのあまりの違いに驚きました。)この体験は、言葉を超越しているので、どうしても言葉で表現することができません。しかし、この体験をし始めると「赦し」という実践が自分に何をもたらすか理解し本当にやめられなくなるということは断言できます。)


そんなわけで、私どもの提供しているセッションでは「奇跡講座」の言っていることをちょっとでも理解して自分の日常で「実践」したいと望まれている方・「奇跡講座の教える赦しの実践」を自分の日常で実際に練習して習得していきたいと思っている方を対象に少しでも正しい「独習」の軌道に乗れるように、また、ご自身の日常で「奇跡講座」が教える「原因レベル」での「赦しの実践」の「独習の軌道」に乗っていけるようにサポートすることを主目的でセッションを行っています。私自身、生じてくる不快感に対しての自分の対応を「裁き」から「赦し」に鞍替えして、赦しの真価をひしひしと体験している者としては、是非ともに月に一度のセッションを、赦しの実践を自分に習慣化させて定着させていく機会として活用していただけたらと思っています。少しでも、このコースの赦しを覚え、自分の日常でできるようになったらこの思想の恩恵に驚愕することと思います。本当におすすめです。

「奇跡講座」の教える「赦し」を実際に実践していった時、体験していく体験は、状況が好転していくかに見える癒しでは決して体験することがないような真に癒されるとはこうゆうことだったのかと実感するような癒しの体験です。



病気の根元である想念を取り消していくという治癒書である「奇跡講座」ですが、取り消しのプロセスはかなりの抵抗というプロセスを通過していくしかないため、現段階では人気がなく日の目を浴びていない助けと視点(自我から完全に解放された視点)だと思います。ACIMに触れている人の数は大変多いのにも関わらず、ACIMは非常に濃度が希釈されて理解されていたり、処世術としての「助け」を提供している書籍(例えば、心を変えれば世界や状況を変えることができるなど・・・)として理解されているACIMが蔓延していて、そうゆう意味では大変誤解(私たちの抵抗が激しいため)が生じてしまっている書籍であり(自我を自分だと思っている私たちには自然に起きてしまうことなのでしょうね。)とにかく、誤解・脱落率ナンバーワンではないかと言えるほど誤解してしまう書籍ですので、確かにその点は注意が必要です。


そして「奇跡講座」を学んでいく場合、欠かせない案内人がコース理解の第一人者であるケネス・ワプニック先生の「解説」です。非常に包括しています。ワプニック解説の素晴らしいところは、ACIMが何を教えているコースなのか!「のみ」「解説」している点です。是非「奇跡講座」に惹かれた方がワプニック「解説」を水先案内人にして「独習」していく「醍醐味」や「奥行き」と「真価」を感んじていただけたら!分かち合えたら!と個人的には思っています。私どもに惹かれ、ご縁で出会った方に「奇跡講座」を学び実践し体験していく「醍醐味」や「深み」や「楽しさ」を分かち合えたらって思っています。「独習」(決して物理的に孤軍奮闘していくコースではありません。)の軌道に乗っていくというのは、どうゆうことをいうのかということを理解する何かの一助になったら嬉しく思っています。尚、「奇跡講座」は生活が楽になっていく「助け」ではなくもっと別のレベルであり包括した別な「助け」を提供している「教え」です。






        お問い合せ:k_mika☆seminar.jpn.com(☆を@に変えてお送りください。)

 

    


 

                             

                                      トップページへ戻る

 


 

 

 

:


 
                        真実に生きる!実相世界で生きる「奇跡のコースの学びが深まる」 はKKCが運営しています。
                            Copyrights(C)2012 DAINISHINSOTU CO.LTD All rightsreserved