「奇跡講座」用語集

 

こちらの「奇跡講座」用語集はJACIM様からの引用になります。奇跡講座を学ぶ上で欠かせない用語解説が
掲載していますので、是非JACIM様の用語集をご活用されてみるといいと思います!

JACIMとは、「ACIM」というスピリチュアルの実践書として名書の1つと言われるアメリカ生まれの書籍です。
その書籍をACIM理解の第一人者のケネスワプニック博士の指導のもと10年近くかけて正確に翻訳されたものが
「奇跡講座」というタイトルで日本に上陸しました、その翻訳者の二人が運営しているサイトがJACIMです。

JACIM http://www.jacim.com/acim/?page_id=150

投影
「投影が知覚を作り出す」という、心の根本的な法則。
すなわち、私達が内側に見るものが、私達が自分の外側に見るものを決定する。
間違った心の状態: 
罪悪感を自分以外の者の上に転位させ、そこでそれを攻撃して、それが自分自身の心の中に存在していることを
否認するが、それにより罪悪感は強化される。分離の責任を自分自身から他者の上へと移し替えようとする試み。
正しい心の状態: 
聖霊による赦しが私達を通して延長される(投影される)ようにすることで罪悪感が取り消される、
という延長の原則。


一なる心の状態
神またはキリストの心。神の延長すなわち一なる子の統一された心。
<正しい心の状態>も<間違った心の状態>も超越しており、智識と天国のレベルにのみ存在する。


心眼
肉体を超えて私達の真のアイデンティティーである霊を見る、キリストまたは聖霊の知覚のこと。赦しと無罪性の心眼{ヴィジョン}であり、それを通して<実相世界>が見られる。純粋に内的なものであり、実相を審判するのではなく、受け入れようという決断を反映している。自我が肉体に与える目的(特別性)から、聖霊が肉体に与える目的(赦し)へと移行するという、態度における変化のこと。従って肉眼による視覚と同一視しないこと。


救済
贖罪のこと、すなわち分離を白紙に戻すこと。私達が、赦しや奇跡がもたらす心の変化を通して、罪や罪悪感が実在すると信じる信念から「救われる」こと。


偶像
自我が、私達の真の自己または神の代替にするものの象徴。「神以外の何か、神以上の何かがあり得る、だから神から離れた何かがあり得る」という誤った信念が、人々、ものごと、あるいは概念などとの<特別な関係>の上に投影されたもの。反キリスト。


欠乏の原理
罪悪感の一側面。私達は空虚で不完全な者であり、必要なものが自分には欠けている、とい う信念。これにより、自分の内側に欠乏を体験するので、それを埋め合わせるために偶像や特別な関係を探し求めることになる。
必然的に、剥奪されているという感覚へと投影されることになり、私達は、真実には、自分で自分から平安を
取り上げているにも関わらず、他者により平安を奪われていると信じることになる。
神の豊かさの原理とは対照的なもの。


幻想/幻影
実在のものであると信じられてはいるが、実はそうではないもの。究極の幻想は神からの分 離という幻想であり、この幻想の上に分離した世界の全ての事物事象が存在し、そうした事物事象は知覚におけるゆがみと理解することができる。例えば、<愛 を求める呼びかけ>の代わりに攻撃を見ること、あるいは誤りの代わりに罪を見ること、など。この世界に属する様々な幻想/幻影は「肉体には、快楽又は苦痛 の源としての独自な価値がある」という信念を強化する。赦しは、一度も存在したことのないものを赦し、全ての幻想を超えて神の真理へと導くので、最後の幻想である。



智識のレベルにおける意味: 霊とおおよそ等しいものであるが、自らの創造的エネルギーを供給して、霊を活性化させる主体を表す。 知覚のレベルにおける意味: 選択の主体。私達には自分の心が神の心から分離・分裂すること(間違った心の状態)も、神の心へ 戻ること(正しい心の状態)もできると信じる自由がある。だから分裂した心には三つの部分があると理解することができる。<誤った心>と<正しい心>、そ して、この二つのうちのどちらかを選択する心(決断の主体)の三者である。頭脳と混同しないこと。頭脳は肉体器官であり、私達の肉体としての自己の一側面 である。


罪悪感
罪との関連で経験される気持ち。私たちの心の罪悪感は、自分自身に対し抱いている全ての否定的な感情や信念の内に反映されているが、その大半が無意識のものである。自分は生来、無価値だという感覚に基づいており、神の赦しの力さえそこには及ばないように思えている。そしてその神は、 私たちが犯したかに見える分離の罪に対し処罰を要求すると、私達は誤って信じている。罪悪感に目を向けることは私たちを破滅させることだという自我の忠告 に従い、私たちは自分の心の中にそれが存在することを否認し、そうして、それを攻撃という形で外に投影する。その攻撃は、怒りとして他者に向けられるか、 さもなければ病気として私たち自身の肉体に向けられることになる。


最後の審判
智識のレベルにおける意味: 審判と処罰という伝統的キリスト教による見方とは対照的なものであり、すべての神の子と神との愛に満ちた関わり ? 神の最終的な審判 ? を反映する。 真の知覚のレベルにおける意味:審判と処罰という伝統的キリスト教による見方とは対照的なものであり、贖罪の最後の部分。すなわち、再臨に続いて、真理と幻影が最終的に弁別され、全ての罪悪感が取り消され、生ける神のひとり子キリストとしての自覚が私達に取り戻される時のこと。


自我
<分離した自己>、または<偽りの自己>が実在すると信じる信念のことであり、こうした“自己”は神が創造した真の自己の代替として作り出された。罪、罪悪感、恐れ、および、自分を保護するための特別性に基づく思考体系を生起させている<分離の想念>のこと。私達の心の一部分が「自分は、キリストの心か ら分離している」と信じており、心のその部分を自我と呼ぶ。この分裂した心には、更に<間違った心の状態>と<正しい心の状態>という二つの部分がある。 ほとんどの場合、<間違った心の状態>のことを指すが、分離した心の一部でありながら<正しい心の状態>を選ぶことを学ぶ部分を含むこともある。


自我を直視する
赦しの本質であり、裁くことのない聖霊ま たはイエスの優しさと忍耐とをもって、私達の自我の思考体系を見ること。罪悪感こそが、自分の特別性を直視させず、自我の真の性質を隠れたままにして、自 我を維持させるものであるから、私達の攻撃の想念を審判せずに直視することこそが、自我を無に戻す。したがって、罪悪感や恐れを持たずに自我を見つめるこ とが贖罪の本質である。


実相世界
全面的な赦しを通して得られる心の状態のことであり、その状態においては知覚の世界が自分の投影していた罪悪感から解放されている。すなわち、変わったのは世界ではなく心であり、そこでは、私達はキリストの心眼{ヴィジョン}という、とがめるのではなく祝福する眼差しを通してすべてを見る。聖霊の幸せな夢。贖罪の終わるところ、すなわち私達の分離の想念が白紙に戻され、神が最後の一歩を踏み出せるようになる地点。


十字架刑
神と神の子に 対する自我の攻撃の象徴であり、この世界が顕現しているかに見える、苦しみ、犠牲、迫害、死などの“実在性”を証しするもの。更には、イエスの殺害のこ と、すなわち「死は生命{いのち}に優る力をもたないので、私たちの真のアイデンティテイーである愛は決して破壊できない」ということを教えた極端な実例 のことも指す。


贖罪
自我を取り消し、分離への信念を癒すための、聖霊による訂正の計画。分離の後に存在するようになり、神の子の全員が、全面的な赦しによって、贖罪における自分の役割を果たした時に完了する。贖罪の原理は、「分離は一度も起こらなかった」ということ。


真の知覚
キリストの眼差し、すな わち<赦しの心眼{ヴィジョン}>を通して見ること。<赦しの心眼{ヴィジョン}>は神の子の真の一体性を反映することで、分離という自我の誤った知覚 を修正する。肉眼による視覚と同一視してはならない。<真の知覚>は罪悪感の投影を取り消す態度のことであり、それにより、私達は、罪、恐れ、苦しみ、死 からなる世界の代わりに<実相世界>を見ることができるようになる。


聖なる瞬間
時間の外にある瞬間のことであり、私たちが罪悪感の代わりに赦しを、不平不満の代わりに奇跡を、自我の代わりに聖霊を 選ぶことで訪れる瞬間のこと。現在に生きようという<わずかな意欲>の表われ。現在に生きることは、永遠へと開かれていくことであるのに対し、過去にしが みつき未来を恐れて生きることは、私たちを地獄につなぎ止めている。究極の<聖なる瞬間>、すなわち私たちが道すがら選んできた全ての<聖なる瞬間>の頂 点として経験される<実相世界>のことも指す。


聖霊
三位一体の第三位格であり、『奇跡講座』においては、比喩的に、分離に対する神の答と説明されている。神と神の分離した子らの間の絆であり、キリストの心と私たちの分離した心の間の隔たりに架橋する。私たちが夢の中へと携えてきた神と神の子の記憶。私たちの幻想/幻影(知覚)を見た上で、私たちがそれを通り抜け、真理(智識)へと至ることができるよう導いてくれる存在。神および私たちの真の自己を代弁する神のための声であり、私たちが忘れてしまったアイデンティティーを私たちに思い出させる。架け橋、慰め手、導き手、仲介者、教師、翻訳者とも呼ばれる。


世界
レベルI: 
分離を信じる自我の信念の結果であり、分離が自我の原因である。分離および神に対する攻撃の想念が形となったもの。この世界は、時間と空間を信じる信念の表現であるから時空を完全に超越した神が創造したものではない。具体的に<智識の世界>と言及されていない限りは、分離後の自我の領域である知覚の世界のことだけを指す。
レベルII:
間違った心の状態における意味: 分離の牢獄であり、この牢獄が罪と罪悪感を信じる自我の信念を補強し、この世界が存在しているように見える状態を持続させる。
正しい心の状態における意味:
私達が赦しのレッスンを学ぶための教室であり、私達がこの世界を超えられるよう助けるための聖霊の教育手段。従って、この世界の目的は、世界が存在していないことを私達に教えること。


知覚
レベルI: 
分離後の、形態と差異のある二元的な世界であり、一元的な智識の世界とは互いに相容れない関係にある。この知覚の世界は、私達の分離を信じる信念から生起しており、この想念の外側では全く実在性のないものである。
レベルII:
投影から生じる。すなわち、私達が内側に見るものが、私達が自分の外側に見るものを決定する。従って、知覚を決定するものは、客観的に実在するかに見えているものそれ自体ではなく、“実在するかに見えているもの”についての私達の解釈である。
間違った心の状態: 罪と罪悪感を見る知覚は、分離が実在すると信じる信念を強化する。
正しい心の状態: 赦しの機会を見る知覚は、分離が実在すると信じる信念を取り消す。


智識
天国のこと。または、分離以前の、神および神の 統一された被造物の世界のこと。そこにはどんな差異もなく
形態というものもない。従って知覚の世界は含まれていない。
一般的に用いられている「知識」と 混同しないこと。
一般的な「知識」は、知る側である主体と、知られる側である客体という二元論を示唆している。
『奇跡講座』においては、智識は、主?客という二分法を持たない、純粋に一元性の体験を反映する。



特別な関係
私達が罪悪感を投影する対象となる様々な関わりのこと。愛の代替および神と の真の関係の代替にされている。
この関係は<欠乏の原理>を信じる信念を取り消すように見えるが、実はそれを補強する<防衛>に他ならず
その防衛で身を 守ることによって避けようとしているはずのことを、それ自体が行なっている。
<特別な関係>は、自分自身の中に知覚した欠如を、他者から奪うことによって 埋めようとする試みであり、
そこにおいては、他者は必然的に分離した者と見られている。
それによって、神からの分離と 信じ込まれているものを究極の源とする罪悪感が、更に強められることになる。
そしてこの「神からの分離を信じること」が攻撃の想念であり、私達が感じる欠 如という感覚の起源である。
この世界におけるすべての関係は、特別なものとして始まる。
どの関係も分離と相違の知覚から始まるからである。
その後、赦しを 通して、聖霊に訂正してもらい、その関係は神聖なものとなる。
特別性には次の二つの形態がある。<特別な憎悪>は、攻撃による罪悪感の投影を正当化する。
<特別な愛>は愛のように見える幻想の中に攻撃を隠蔽する。愛の幻想の中では、私達は、特別な属性を有する
特別な人々により自分の<特別な必要>が満たされると信じ、そのゆえに彼らを愛する。
この意味では、<特別な愛>はおおむね依存関係に等しく、軽蔑や憎しみをもたらす。



                                


 

 

第6話 贖罪が完成した時、時間の終着駅!

時間の終着駅へ
第7話 自分が望む事 と 自分が人に望む事

思春期の女の子が「クラスみんなから好かれたいけど・・・?」

第8話 赦しの3ステップ!

第一ステップは問題は自分だと思っているものの外側にあるのではなく中にあることを認める。

第9話 奇跡講座の学び方にご注意あれ!

形而上学レベルを強調した学び方をして赦しの実践をしていくと脱線しやすい。

第10話 赦しのレディーファースト

赦し実践には「レディーファーストは心配ご無用!!」奇跡講座の教えている概念を・・・

 第11話

 


                                            

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