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「赦す」(許しではなく)3ステップ

 
 
あなたが親友・人・パートナーから裏切りを感じた時に攻撃ではなくて「赦す」(許しではなく)事をしようと
する時、実はそれはとても簡単な事ではない事に気付きます。「赦す振り」でなく、本当の意味での「赦し」が
できた時、私たちの心に平安が訪れます。攻撃ではなく「赦し」を選択した時に本当の平安、人の為の赦しではなく自分自身の為に赦しをやった事に気付くと思います。そのぐらい素晴らしい体験になる事と思います。しかし「本当の 赦し」は簡単なものではありません。「赦す」をやる時に「裏切られた・攻撃された」という体感の中では決して「赦す」が達成されることはありません。裏切られた・攻撃された体感の中では、相手は酷い事をしたけれど、私は心が広いからあなたを許します(赦しではなく)というスタンスになります。これで心の平安に到達する事はありません。そうではなく「裏切り・攻撃された」ように感じるけど、実は自分が抱く罪悪感の投影にすぎず人が私に攻撃しているのではなくて、自分が自分を罰したい欲求から罰していたに過ぎなかったんだと。
「奇跡講座」を学ぶと段々と「この世界は自分達の抱いた罪悪感の投影だったことに気付きます。」
赦し(許しではなく)の実践を取り組みたい方は 赦しの3ステップのワークショップを活用してみてください。

 

「許す」と「赦す」の一般的な双方の意味の違い
  • 「許し」とは、(存在するかのように見える)罪を許すこと。
  • 「赦し」とは、「もともと罪なんて無かった」と気づくこと。
  • 「許し」とは、願いを聞き入れること。許可をすることを主に意味する。
  • 「赦し」とは、罪などをなくすこと、宗教的なイメージがもたれる。
そして、「奇跡講座」が言っている「赦し」とは?


第7回 「奇跡講座」を人生の全てとしない。


今回のおすすめ視聴動画は、JACIMより2017年11月3日に更新されたワプニック解説の動画で「『奇跡講座』を人生の全てとしない」です。 私自身が「奇跡講座」を学び始めて知っていったのは「恐れ」の「源」に気づけるようになっていったこと。「本当の問題が解決され続けるの旅」が始まり、日々が希望や勇気や忍耐に満ちるように変化していきました、前向きに生きるれるようになっていく度に、知ったことは、「ポジティブに生きること」「前向きに生きる」とは、違うことでした。「分離の想念」とはどうゆうものかというのを認識出来る様になるにつれ(識別できるようにのるにつれ)実在しないものは、結果をもたらさないことということでした。

ということは、恐れるのは、筋違いなことであるし、あまりにも、この分離の想念の目指しているゴールは無意味だということ。実在しないものに努力することは、つまりは、虚無に費やされいるということ。(だからこそ、この世レベルで自分の人生を頑張らない理由にするということではないし、この世的な事はしっかり頑張ること。すなわち普通に生きること。)

むしろ信じられないのは、信じられないような想念を抱いて信じているとういうこと。

例えば、攻撃には力が増幅する力があると思っていたりすること。攻撃は力が増幅するどころか「断絶」の仕組みであるということに気づいていく。実は「自分が何を信じて来ていたのか」この実態があきらかになっていくので、それはそれは愕然だった。自分の日常を真剣にコースの説く理論展開を知的レベルで理解し、自分の日常で実践していけばいくほど、必ずコースの形而上学というものと高度という言われるレベルの心理学が統合されたこの書籍ということはどうゆうことなのか知っていくき、その深さに圧巻する。

ヘレンさんとビルさんが「もっと違う道があるはずだ!」と模索しだした時にやってきた「奇跡講座」。自分が持ち合わせてる能力や資質を真の自己である霊の目的に使うというのは、これほど心を真の苦しみから解放していくプロセスに導くいくのか・・・。真の癒しの延長の壮大なスケールや人が真に願う気持ちや真に祈ることなど、ヘレンさんとビルさんがお互いにどうゆう風に思ったから「ACIM」という導きがやってきたのか・・・その関わりからも非常に学ぶ。

私たちは、無意識だと、「そんなつもりもないつもりで・・・」とか、純粋に自分の意見を言っているように自分で思っていたりしているもの。しかし、実際の「内容」は「攻撃したい」とか「誹謗したい」とか「自分の方が正しいということを主張したい」の目的で言葉を発していることの方が多かったりする。そんな自分を「いけないこと」「悪いこと」と思っているとその行為を止めることができず、むしろ正当化し始めて助長させるので、「攻撃してしたいから表現している」ということを、否定しないで、そうゆう自分を咎めず見ていくようになっていけるようになっていくので「奇跡講座」はそういった意味でも本当に献身的に包括的に助けて導いてくれるので非常におすすめな教師。


社会的に、先生、親、医者、など、どんな人でも、必ず自分の方が〇〇よりも有利な立場に遭遇するものであり、その時に、権力を行使できる者が乱用していけばいくほど、つながりあいではなく、むしろ断絶していく。(思考体系の内側からはこのことに気づけない。)その立場や境遇を癒しの教師の目的に使っていけるようになっていけば、真の自己を思い出していくことになる。

攻撃には、力があると信じていることに自分で気づけるようになってくると、攻撃というのは逆に自分からパワーを奪って減じる方向に向かっている事実に気づけるようになるので、攻撃(裁き、咎め、避難、誹謗、悪口など)をやめていけるように益々なるし、攻撃というのはあらゆる形態をとっていることも、わかるようになるので益々内容と形態の区別ができるようになって癒されてけるようになる。

自分から何かを奪うことが出来るのは自分自身だけだという事実から、さからって「そんなことはない」と思わないほうがいい。この事実を受け入れないと、結局は堂々巡りとなる。この事実(自分から幸せを奪うのは自分自身だけ)を否定している状態は多くの形態をとり、これを認識できるようなるとさらに楽になっていく。

想念には、自分の自己を破壊する力があると信じることで、愛から分離して違う想念を抱き破壊する事が可能だと信じていることで自分にもたらしている途方も無い苦痛の体験・・・なんと滑稽な笑えないブラックジョークだろうか。

愛から分離して、心は幸せにはなれないこと。こんな単純なことに、どれだけきづけなかったことだろう。

動画1分11秒

「形態を変えることによって内容を整えようとすべきではありません。」

本当にそう。この世レベルで整えても決して癒しは本当に起こらない。だからと言って、不潔に生きることを推奨していたり、内面で不満に思いながら好きでもない仕事をしつつ、自分が頑張らない言い訳を正当化することを応援しているわけでもない。この世的にしたいことには努力を正当に創意工夫して一所懸命してチャレンジしていくことであるし心のレベルではしっかり「赦し」を実践していくということ。「真の奇跡講座」を正確に理解して実践していくことのメリットは、逆に普通に生きることの意味やその大切さに気づき、現実逃避のスピリチュアルにならないところだ。

動画1分50秒

「実践面でもっと重要なことですが、「外の世界が自分に影響を与える」という間違った考えです。」


「 外の世界が自分に影響を与える」ということが、確かに「間違った考え」だったんだ。ということ自体に気付くだけでも何年も何年も日常で実際に実践していくことで理解できてくることで、本当に自分の意欲にかかっているんだなとつくづく思う。逆に実践していて思うのは確実に「苦しみ」から実際に解放されていくこと自体が、本当に苦しみというのは実は自分の思い込みの幻想(根拠のない空想)だったってこと。

平和や愛が実在のもので、自分が苦しみの体験をしていても全く悲観する必要もなかったことはよくよく考えたら朗報ではないかと思う。

(JACIMホームページ奇跡講座の学び方)より
抜粋
『奇跡講座』は「自我」を、まるで計画したり企んだり不安を感じたりする生き物であるかのように描写していますが、実際には、「自我」とは私たちの心の中の想念にすぎません。ですから、私たち自身が行なったり感じたりしていることを「自我」という象徴で擬人化して描写しているだけなのです。「擬人的な自我」という象徴を用いて描写することによって、私たちがしていることについて客観的に語ることができるようになるので、このコースはそのような擬人的表現を用いています。

 

動画2分47秒






ここは本当にポイントでもあり、非常に有益な的確なサポートになる助言だなと思うし、逆にワプニック解説を水先案内にしてコースを学ぶことで、非常に分別ができるようになっていっていく。(普通に生きることの重要性の意味が非常にわかるようになっていく)。多くのスピリチュアル(ビジネス)が現世利益と啓示体験(瞬間的に広がり感を垣間見させるようなエンターテイメント的な体験型セミナーなどもスピリチュアル産業にはある。)をドッキングさせたような「目覚めのドラマ」のスピリチュアルと「心が夢から目を覚ましていく」というのはどう違うのか。わかるようで実際は分別できない、この大きな大きな違いもわかっていくようになるのも「ワプニック解説」を水先案内人として「奇跡講座」を学ぶことの大きな恩恵の一つかもしれない。

動画3分3秒

 


「あるいは、世間の考え方からすると「取るに足らない人」と思われていいても・・・」

自己概念B(JACIMより販売されている思考の逆転参照)として自分を認識している時は、今の自分以外になって幸せを得ようとしたりする。貧乏な境遇を自分の不幸の要因にしているなら裕福になって幸せになろうとするし、富裕なライフスタイルになれたら自分は幸せになれるのではないかと思ってしまうものだし思いたいもの。(心のレベルで癒しが起こって自分を罰する必要を自分が感じなくなって結果的にこの世レベルで外的状況が困難出なくなっていたり穏やかに感じられるような体験が起きることもあるにはあると思うが、心が癒えていく癒しは本当に私たちが考えているような、これが幸福と思っているものを遥かに超えているし、心の幸せはこの世界の状況によって幸せなることも不幸になることもない。)外的状況の中に苦しみの根源がないことがわかっていくプロセスだけでも、非常に度肝を抜かれていくし、そういった意味でも反転プロセスは非常に楽しいし、自分が取るに足りないカテゴリーに入る人種という立場だったとしても「赦し」を練習していくことはできて、しかも幸せになっていける。偽りのゴールは、幸せに到達できる人としたくてもできない人いるという幻想を見るが、真のゴールは誰でも到達することが可能。

 

3分7秒

 









「奇跡講座」は、自分で自分の日常で実践していって実際に体験していった方が何千倍も豊かである。

以前、「奇跡のコース」というので、資格を持っている方が教えている講座があって、そうゆうのに参加したことがあったのですが「ACIM」というのは、教える人は資格とかあるんですよね?というような仰天するような質問を受けたことがあった。「ACIM」を利用してカルト教団のようになったケースがあったり、「奇跡講座」の助けを自分の目的に使っていくことは多発しているようであるが、結局は、自分がそのまま正確に正しく学んで癒されていきたいだけなのかそれとも注目されるための手段としているのかなのかなのかもしれない。


今週の実践の一言
  「先導者よりも良き生徒」「知識よりも体験」


『奇跡』と『啓示』について

『奇跡講座』公式サポートサイトJACIM  奇跡と啓示


独習を助けてくれる解説が散りばめられているJACIM 啓示と奇跡の違いについて、解説されています。

 

 

 

今回の記事のライター  MIKA

最後まで読んでくださってありがとうございました。

                Photo 京都 嵐山 鈴虫寺 by MIKA

 

 

 

 

 奇跡のコース(奇跡講座)を友に学ぶ3ヶ月コース。”神・真の自己を思い出す時間”

 

 

 

 

 

 

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