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「赦す」(許しではなく)3ステップ

 
 
あなたが親友・人・パートナーから裏切りを感じた時に攻撃ではなくて「赦す」(許しではなく)事をしようと
する時、実はそれはとても簡単な事ではない事に気付きます。「赦す振り」でなく、本当の意味での「赦し」が
できた時あなたの心に平安が訪れ、攻撃でなく「赦し」を選択した時に本当の平安と
人の為の許しでなく、自分自身の為に許しをやった事に気付くと思います。そのぐらい素晴らしい体験に
なる事と思います。しかし「本当の 赦し」は簡単なものではありません!
「赦す」をやる時に「裏切られた・攻撃された」という事実の中では決して
「赦す」が達成されることはありません。裏切られた・攻撃された事実の中では、相手は酷い事をした
けど私は心が広いからあなたを許します(赦しではなく)、というスタンスになります。
これで心の平安に到達する事はありません。ではなくて、「裏切り・攻撃された」ように感じるけど、
実は自分が抱く罪悪感の投影にすぎず人が私に攻撃しているのではなくて、自分が自分を罰したい欲求
から罰していたに過ぎなかったんだと。
奇跡講座を学ぶと段々と「この世界は自分達の抱いた罪悪感の投影だったことに気付きます。」
赦し(許しではなく)の実践を取り組みたい方は赦しの3ステップのワークショップを活用してみてください。

 

「許す」と「赦す」の一般的な双方の意味の違い
  • 「許し」とは、(存在するかのように見える)罪を許すこと。
  • 「赦し」とは、「もともと罪なんて無かった」と気づくこと。
  • 「許し」とは、願いを聞き入れること。許可をすることを主に意味する。
  • 「赦し」とは、罪などをなくすこと、宗教的なイメージがもたれる。
そして、「奇跡講座」が言っている「赦し」とは?

 


第1回 背番号42 世界を変えた男 「赦す」を実践するとは?

 

映画自体は、この世界がある前提で、恐れのベースで攻撃しないことでこの世界が好転していく
内容のお話ですので、奇跡講座の定義で言えば、結果のレベルでのお話ではありますし
内容的には、かなり、ズレますので、その点を押えて理解した上で、惹かれる様であれば鑑賞されてみると
よりと思います。

分離を信じて今も尚、信じ続けている私たちが、本当の苦しみから解放されていくための
一つの助けとしての奇跡講座の教えている内容を自分の日常に当てはめて原因のレベルで
本当の罪悪感を癒していける実践をしていく上で非常に困難と知覚されるプロセスを
通過していきますので、そうゆう意味でも、奇跡講座の基本的な概略の理論を
しっかり入れた上で、結果のレベルで「意味の変化は起る」という考えにしがみつこうと
する自分を認識してステップを踏める状態で、この映画を鑑賞するなら
自分で自分を十字架に張り付けている私たちが、処罰の思考体系を取り消していく
プロセスはどうゆうプロセスか、赦し(許しではなく)を実践する事とはどういうことなのか?
実践をサポートしてくれるかもしれません。 おすすめです。

自分が自分を攻撃するとは、兄弟を憎んでいるのでなくて
自分が自分を憎んでいることを自分に分からせないためにだったんだと・・・
赦し(許しではなく)のステップを「攻撃したくなる知覚「攻撃されている知覚と出会ったとき
適応してみて下さい。本当に奇跡講座の教えている内容を実践する時
きっと、怒りは罪悪を温存させる上等手段であり、攻撃(処罰)にどれだけ掌握されて
掌握され過ぎていたかのか気づき驚愕するでしょう。

” 「赦す」(許すでなく)を実践する事とは? ” 


この映画は、人種差別まっただ中の時代のお話で、泊まるホテル、レストラン、チームで色々差別を受ける中
山場で彼が相手チームから罵声をガンガン言われて「二グロー、二グロー、お前なんてジャングルに帰れ〜」
と言われ精神面がズタボロになり、名バッターなんだけど、バッティングもうまくいかず・・・
心が折れて相手に殴りかかろうとするけど、そこで一歩踏みとどまって。
契約者の社長さんとの二人三脚で野次を耐え忍び、頑張り抜いて有名人になっていくストーリーですが
日々「赦し(許しではなく)の実践を始めた当初は、自我と強烈な一体感を持っている私たちが誰もが
映画の中の彼と同じ感覚からスタートです。相手が何もしなかったことについて赦しを始めるとき(初期の段階で私たちは、レベルの混同と言われる混同が生じ易く、不快な状況を耐え忍んだり、暴力を振るわれているのに逃げないという意味で言っているのではないことは、この実践をしていく時重要です。常識を抜きにして考えないことです。
スピリチュアル実践を始める時、誤解し易い「現実は幻想」という形而上学の危険性についてはよく実践を始める
前にしっかり知的レベルで理解しておいてください。)分離を信じて自分は肉体だと信じている私たちにとっては
まるで、自分は悪くないのに、相手の罪を見逃して、自分が本当は勝っているし正しいし、正当なのに
負けているような・・・・相手の罪まで背負っていくような知覚となっていきます。
つまり、敗北感・屈辱感という感じで、赦し(許しではなく)など意味がないんじゃないか!!と
「やめたくなる誘惑」のプロセスをもの凄く通過していくからです。
自分の自我(裁きの思考体系)を取り消していくプロセスは本当にもの凄い誘惑の穴だらけです。
許しの実践の練習は言葉では簡単ですが、実践はホントに正直簡単なものではありません。
攻撃(反撃=既に反撃心理が動いていたら、状況が原因だと思っている証拠です)したい欲求を手放す事は・・・
赦し(許しではなく)が招待している真の解放の奥深さを感じます。

この映画の主人公の方は、どれだけなじられても、反論せず、ただ黙々と練習に励みプレーをし続けて
幸せになっていくお話ですが、この「やりかえさない勇気」は、奇跡講座の教える赦しをしていく時
負け犬ではなく、殴られているものをこの世界は幻想だからと殴られるままにして常識を見失っていく行為でもなく
自分への裁き(分離信じる→罪悪生じる→罪悪は自分に処罰を要求する)の取り下げる実践という点です。
自分の日常は自分の裁きの取り消しの宝庫です。
出来の悪い部下・不味い料理を作る奥さん・醜い自分の顔・稼ぎの悪い旦那・外顔ばかりいい奥さん
仮にこのシーンを見てイライラしているなら、確実に状況から自分の不快感が生じていると信じています。
自分を頼って来るクライアント・友人・妻・夫・子ども・障害のない平凡な人生・きらびやかなステイタスの人生
全部、自分の憎悪を隠す為の蓋、神聖の思考体系に従えば全ては神聖な関係に変容していきます。

 

赦し(許しではなく)の実践を学ぶ この映画の名場面


入団前にオ−ナーにこう忠告されました。

オーナー:相手の低いレベルに自分を落とすな

ジャッキーロビンソン(黒人選手):やり返す勇気のない弱虫でいろと!

オーナー:必要なのは、やり返さない勇気をもつことだ!

 


今週の実践の一言「赦す」を実践する


” 彼の罪ゆえに彼を憎むのではなく自分の罪ゆえに、自分を憎んでいるのである。 ” 

 

 

 

 

 

今回の記事のライター  栗原みか

現象が好転していく事や望んだものが現れる中に「救済」や「自由」があるという大前提でスピリチュアルをスタートして、不快感を扱っても現象だけが好転していくだけで、自分の中に実は緊張があり苦痛があり裁きがあり
実際には、不幸だという事実に直面し正直にならざる得なくなる。
その時、現れたのが奇跡講座!!奇跡講座の今の現状は水増しが殆どという点と奇跡講座ワプニック氏の解説から奇跡講座が教えている内容を希釈なく学び実践していくように!という注意事項が記載された奇跡講座を紹介導入している「神の使者」という本がワンセットとなり私の元にやってきた。

大好きな場所:セドナ

 

 

 

 

 

 奇跡のコース(奇跡講座)を友に学ぶ3ヶ月コース。”神・真の自己を思い出す時間”

 

 

 

 

 

 

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