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ゆるしたくない心は「赦しのレディーファスト」


 「奇跡講座」を読んだ事がない方向けの補足説明    「奇跡講座」とは?

赦し(許しではなく)しを日常で実践し始めると、自分が許しを実践して心を鍛える事よりパートナー・家族に教えて「相手に赦し(許しではなく)を覚えて欲しくなる。」そして周りが一切やらなくて、自分だけ赦し(許しではなく)ていると「損した気分」にすらなる。だから、相手に「あなたも赦し(許しではなく)をやりなさい!」と言いたくなる。これがまさに「赦しのレディーファスト」である。「お先にどうぞ!」「いやいや、あなたこそどうぞ!」


「許す」と「赦す」の一般的な双方の意味の違い
  • 「許し」とは、(存在するかのように見える)罪を許すこと。
  • 「赦し」とは、「もともと罪は無かった」と気づくこと。
  • 「許し」とは、願いを聞き入れること。許可をすることを主に意味する。
  • 「赦し」とは、罪などをなくすこと、宗教的なイメージがもたれている。
そして、「奇跡講座」が言っている「赦し」とは?

 

 


赦し(許しではなく)のレディーファースト

 

※自我の救済と見せかけた分離を強化していく計画がどう狂っているのか知ることの重要性

「赦し」の実践には、「レディーファーストは心配ご無用」!!(笑)

「奇跡講座」の教えている概念を自分の日常に適応し始めていく時に、ぶつかっていく数々の困難さがあります。その中の困難さのその一つに(特に初期の時に、)自分ばかりが「赦して」相手は、そうゆうことを学んでいないから一緒に出来たら・・・、とか一緒に学んでいても、相手が意欲的じゃないとか・・・・。

色々、自分の攻撃を正当化する誘惑が宝石の様にゴロゴロ落ちています。しかも拾い集めることに意欲的な私たちの心。自分だけが赦して相手が赦しの実践をしていないと、一緒に出来たらいいのにとか、自分だけが赦しをしていて不公平に感じる様に錯覚に陥ることが、結構初期段階であったりすることがあります。

しかし、そうゆうプロセスも忍耐強く頑張って思考逆転のための「赦し」を自分の日常でしていけば、そうゆう知覚からも解放されていきます。実践すればするほど、じわじわ知覚が修正されて心の方にアイディンティティが移っていくので、自分を被害者として感じて、被害者としての自分から見えることを話すことがなくなって、この世界を心を癒すための教室として生きれるようになって益々いきます。

この世界が存在しているという確信に満ちた知覚に捉われている段階の時、自我としての私たちは、自分だけが必死に赦しているだけで、他の学ばない人はどうなるのだ・・・!!というようなどうでもいい心配や不満をもったりするのですが、(責任が分散されるような気持ちになりますが)

単一の分離の想念ですので、責任が分散されるようなことはありません。これは、赦し(許しではなく)を実際に実践していくと無くなっていく心配です。(赦していけば、体験からわかっていきます。)

自我としての私たちが「断片」というものをイメージする場合は、どちらかというと「パズルのピース」の様な断片を思い浮かべ易いですが、このイメージだと、ある人は「赦し」(許しではなく)大変な赦しの連続で、ある人は「赦し」が少なくて済み・・・・という風に、人によって配分が違うように思いがちで、自我としての私たちは責任が分散されていくのでは??と心配に思うこともあるようなのですが、しかし、心配ご無用!!

「パズルのピース」とは違い、「割れたガラスの破片の一つ一つ」という感じのイメージで、性質は同じという断片です。(詳しくはJACIMから出ている解説 DVDの中でも説明されていますので、ご興味ある方は是非購入されてみることをおすすめします。)


それから、とても、分かり易い確信をつく比喩で、遊園地の鏡の部屋の喩え話があります。鏡の部屋に入ると、無数に自分が映りますが本当は一人しかいません。鏡に映っているものは虚像です。その虚像の一人一人がそれぞれ、自分が存在していると思って学んでいるわけですが、虚像は消えて、最終的には、ひとりの「決断の主体」に戻って目覚めていくので、そうゆう心配が、まったくないという所まで視点が移行していきます。(自分は一つの肉体というアイディンティティから心の中の決断の主体に移動していきます。)最終的に、たった一人の神の子がいるだけだ。というところまで知覚が修正されて戻った時、映写機のスイッチを切る決断をして幻想の世界が消えていくわけです。



私たちは、最初、「奇跡講座」を読む時、「あなた」と語られているところを読むと、まるで肉体である私たちに話しかけているように思いますが、実際は忘却のベールの上にある「決断の主体」に語りかけています。

この点も理解しておいてください。「奇跡講座」は殆どの教えが曖昧な「心の中」を解明してくれている点。ここは初歩の段階ですら、分かると電光石火です。「曖昧さ」がとにかくなくて歪曲していない理解の理解を理解していくと非常に実践がし易くなるだけでなく不必要な混乱を避けられます。「非二元性の危険性」で解説されている方向と真逆に導かれていきます。(私が傾倒していた二元のスピ実践でも自分を含め多くの人がこの現象になりました。現生利益のスピ実践は、健全にこの世界を生きながら、別な側面では自分の日常を心を癒す目的に使うことよりも、寧ろ、被害者の視点の自分が、今まで我慢していたことを爆発させて好き勝手に生きるようになるための許可書だったり「自由に生きる」と言っても、自由の定義がこの世界で好きなことができるようになることだったりします。)

それから、「奇跡講座」は、この世界は幻想だという点だけでなく、その幻想は目的を持っていて、しかも、訳も無く忽然と現れたのではなく、そこには理由があることまで克明説明している点も凄いところです。スピリチャル実践と言っても、被害者としての私たちが幸せになるためのものが比較的すぐ目に入る情報だと思います。そのレベルの癒しで満足している時はそれでOKでいいのですが、実践していると、いずれ自分が恐れから根本的に解決されていないことに、と気づくものです。その時が、コースの学びを学ぶ、学びどきかも知れません。

多くの場合は、現象を好転させていく中に「癒し」を見て、それが大前提での実践が殆どですが、幻想が変っても恐れや罪悪感が消えていくわけではないので、そうゆう意味でも、今も私達が幻想の世界に生き続けている理由は「何なのか!」まで説明していて、「恐れ」や「罪悪感」は自分が生じさせていることが自覚できるようになって言ったり、それが実は、存在していないということがわかる所まで導いていく、「奇跡講座」は、やはり、「どっひゃ〜〜」です。

私自身も段々理解していったことですが、
心理学と形而上学が見事に統合されていて心理学の概念(知覚・否認・投影etc)を用いて説明されていること。ちょっと難解で理解は無理かな?と思いがちの印象の「奇跡講座」ですが、(西洋社会の文化の素養がない私でもどうにかでも理解していっているので大丈夫・・・笑)

「奇跡講座」が何を言っているのか知っていくと、逆にスピリチャル実践で色々チャレンジして実践しても、何かしっくりこないとか、ホントの所どうなの?って曖昧な部分が全部納得するレベルで本当にやめられなくなります。

最初は、まるで意味不明で教養のないものには理解が無理なのではないか???と思わせるほどさっぱり分からない所から入りますが、それでも、コツコツ学びを進めていくと、必ず分かっていきますし、凄く楽しいです。難しい赦しのプロセスを何度となく通過しますが、それでもやってできなくはありません。コースは三部作と祈りの姿勢があれば学んでいけるカリキュラムで、自学自習ということも凄く重要です。

全体の概略だけでも理解出来ると独習が益々楽しくなっていきます。コースは直線的な説明でされていません。螺旋を描く様な説明で、グルグル回っていくように旋回していきます。この直線的ではないということが、どうゆう意味なのかということを理解されていくのも時間がかかります。コースは非常に知的な思考体系として提示されていますが、実際には、とても体験的なプロセスです。この点も非常に、実践していて、面白い点です。

コースが説明していることに心を開いて、三部作や解説書を再読して猛勉強をして、知的に理解した事をそのまま日常で実地訓練です。人間関係などにコースの言っていることを適用させていきます。結果として実際に色々なことを体験していきます。書面で覚えた車の運転を実際に自分で運転して体験するようなものです。ちょっと「奇跡講座」の概念を日常に使用して体験していく体験は、この世界から生まれたと深くから信じてしまっている私たちには、相当最初信じられない超越した体験です




私たちがコースに惹かれて難しいながらも読み始めて理解して「真の赦し」の練習を実践し始めると赦せる事も沢山ありますが、赦したくないことや理解出来ない(理解したくない)ことに遭遇していきます。

この世界には幸せはあるし現象が変化すれば、きっと癒されることは可能だ。という執拗な執着に山のようにぶつかっていきますので、そうやって隠れた激しい抵抗や見たいとも思ってない激しい憎悪を直視していく事になります。その際、「奇跡講座」の克明に教えている、レベル1とレベル2の詳細や自我の精神力動というものをしっかり[自分の中の抵抗に気づきながら]曲解しないで学ぶことに努力し理解していくことで、確実に赦しのステップを踏めるように進歩していけます。

私たちが苦しみを感じる時、通例ですと、上記の絵の様に世界をその苦しみの原因とします。自分は被害者であり不当に外側から何かを被ったと思っていく心理プロセスを普通に経験していくのが自我の思考体系の枠組みで経験していく常識的なプロセスで、分離を強化していくメカニズムです。しかし、自分の日常で「赦し」をしていくと、苦しみを被っているのは、自分だということは、自分で自分を攻撃している事実が明確に自分で分かり出し、苦しみの源が自分自身の外側に見られているために、脱出が出来なくなっているという事実に自分で気づけるようになっていくのです。


「赦しの3ステップ」に入る心理プロセスの前に下記に書いた心理プロセスを辿ると3ステップの助けになるかもしれません。私たちは、状況の中に原因を見て行くプロ中のプロです。怒りがそれをサポートしていますし、ほら!!外に見ていいぞ!!ほら!外に見るんだ!!と自我の思考の枠組みの中では、そう要求してきます。怒りは罪悪の投影の正当化の紋どころであり、許可書の様なものです。そうゆう時に、下記のプロセスを踏んでみて下さい。

※状況の中に原因があると見たいと思っていることを認めます。
※状況の中に苦しみがあると思っていることを認めます。

そして、この状況が解決されたら、苦しみがなくなると思っていることを認めます。

※状況の中に苦しみの原因がありこの世界の中で解決されたら自分の苦しみが消えることを望んでいる事を認めます。
※どうしても、状況の中に、この苦しみがあると見たいと思っている自分を認めます。
※原因を外(世界・肉体)に見て外(世界・肉体)の中で解決されることで解決されることを望んでいます。
※外(身体)によってこの不快感を感じていると思っています。

心まで戻って(原因のレベルまで戻って)真の赦しの3ステップを踏む事が困難な時に前段階としてこのプロセスを踏んでいくと、自分がいかに状況で罪悪が生まれたり不快感が生まれていると錯覚しようとしているか!!が、自覚が出来るようになっていくので「赦しのステップ」が出来るようになっていくことを助けてくれます。赦しが出来るようになれば、なるほど、知覚は修正されて、ドンドン状況に左右されない心の平安が増していきます。そして、状況の中で解決される必要があるという必要から解放されいきます。状況の中に原因がないことが分かっていくからです。



「奇跡講座」を学ぶ上で知っておくといいこと。


私たちが、人との摩擦や人間関係の不和などなどの苦しみの体験に従来の対処方で対応しても、中々解消されない時、もっと別の道があるはずだ!!と見出す中に、「奇跡講座」の教える「真の赦し」と出会っていく人も多いと思いますが、「奇跡講座」の教えている「真の赦し」の概念を知り実践出来るようになっていくまでには、つまり、原因のレベルで聖霊を選ぶことが出来るようになっていく前に、それがどうゆうことなのか!と実感レベルから理解していくまでにも時間がかかりますし、実際「心」の中まで戻って原因のレベルでの「赦し」の実践が出来るようになるにも相当な練習の意欲が求められます。少なからず、論理全体の概略的な初歩の理解でさえ、曲解なく実感レベルから理解されるまでにも時間がかかるのが普通です。だから、一朝一夕で会得していけるようなものでもなくまた速習していくようなものでもありません。逆に、じっくり、学んでいく自学自習だという点を十二分に理解して進んでいくことは重要です。

何故かというと、学ぶ時に「曲解しているもの」と「曲解してないもの」の理解が余りにも違い過ぎて歩み寄れないほどの理解の違いがあるからです。(まったく別もの過ぎなのです。でも当事者は気づきません。ACIM関連の書籍を読めば両者の理解の仕方の相違は一目瞭然でそれがわかります。
学びは形態ではなく、その内容を見極めることは重要な点です。その位、「奇跡講座」の内容に対する私たちの抵抗は凄まじいと自覚しておかれることが賢明です。

また、「奇跡講座」を学ぶ者同士の関係性の中にも、あまりに容易に自我の解釈がもの凄い差し込んで、特別性を強化したり互いの蓋になりあったり分離の強化の方に作用し始めることが余りに安易に起っていくからです。そして、グル(カリスマ)と生徒の様になり始め確実に独習とはかけ離れていきます。コースを自分なりの解釈で理解していくのではなく、コースが言っているままを理解して学んで自分の日常で実践していく延長線上には、「独習」の意味がどうゆう意味なのか。ということを実感レベルで理解出来る様になるのも一つの特徴かも知れません。

教師は肉体の教師ではなく(もちろんこれは、自分よりも理解している学習者に理解の橋の助けを求めてはいけないという意味ではありません。)聖霊だということが、どうゆうことを言っているのかの理解がはっきり起こっていきます。それから、状況に左右されない心の平安が増していくという大きな恩恵があります。

自分の経験や体験から、「知ってる〜〜」「分かる!!分かる!!」という位の安易な気持ちで学び始めるなら、分離の想念を益々強化していく書物として誤用して、自我としての自分の特別性や差異を益々作っていく手段として幾らでも「奇跡講座」を使うことは、びっくりするほど安易に出来てしまう点です。しかも、普通に起きている。

神からの分離を信じて、思考体系を作り出して、その思考体系と一体化・同一視している私たちが「奇跡講座」を学んで実践していくのは、細心の用心と謙虚さ(自我の性質をそのままそっくり受け継いでいる、わがままで自分勝手の方が好ましいと思っている私たちには難しい)が大切になってきて、曲解なく、「奇跡講座」が教えている、そのままを理解していくという意味で非常に難易度が高い点です。その点を注意して自覚して進む事は学びを助けてくれるものとなります。



私たちは、分離を信じていたい時、罪は実在しているんだと証明したい時、自分の心の中にある分離の想念の強化を実に突き動かされるように率先してやっていきます。私たちは、赦しを「よし!!やろう」と思っても何故こんなに難しいのでしょうか?どうして、私たちは、突然不安を感じたり、恐れを感じたりしているように感じる事にうろたえたりしてしまうのでしょうか?よ〜〜く「奇跡講座」の教えているレベル1とレベル2についてと心理学的メカニズムを理解することです。まず、ワークブックレッスン136に書かれている「二重の盾て守られるようになった決断」これを理解すると、非常に、隠蔽したりしないで済み、赦しを冷静にちゃんと心理プロセスを踏むことを非常に力強く助けてくれます。まず、一つが原因と結果が心と心の外に引き離されている。次に、肉体だと知覚している私たちには、結果であるこの世界が原因の様に見えるようになっている。原因と結果が心と心の外に引き離されている。これは、赦しの第一ステップで投影を戻す作業の練習の繰り返しの中でこれが理解されていきます。結果であるこの世界が原因の様に見えるようになっている。これも、第一ステップで原因を外に見ようとする試みに気づいて、心の中に原因があることを認めて怒りの取り消しをする際の心理プロセスを踏んでいく練習過程で、心の決断という原因結果としてのこの世界が原因のように見えていることも理解されていきます。また、形而上学レベルでの話で分離を信じた心がどう動いて思考体系を構築しだすか、その思考体系からはどう見えていくかなど理解することも、益々赦しのプロセスを実践出来るように理解が助けられていきます。
つづきは11話へ

コラムの引用、コピーなどはご遠慮ください。



心理学的メカニズムを理解し投影する試みを断固として阻止する実践の試みを!!


本日の実践の一言 状況の中に原因があると見ようと試みる「投影」の心のメカニズムを知る

 

罪悪感とは、実際、私たちが自分自身について抱いたことのあるすべての否定的な感情と信念と経験の総和です。
あらゆる形の自己嫌悪や自己拒否が罪悪感と見なされます。
                                 奇跡講座入門 ケネス・ワプニック著




 

 

今回の記事のライター  MIKA

 

最後まで通読ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?
読んだ方の「独習」のお役に立てたら幸いです。

              

         Photo sedona Airport Mesa  by MIKA

セドナに着いた直後、大天使の羽の形の雲がお出迎えしてくれて嬉しかったのを思い出します。癒されていけることは保障されていますね。

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡のコース(奇跡講座)を友に学ぶ3ヶ月コース。”神・真の自己を思い出す時間”

 

 

 

 

 

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贖罪を完成した時に、時間は終了する。 第6話 贖罪とは?贖罪が完成した時、神との一体感を思い出す。
神との一体性を破壊したと信じたとき、私達の中で神から分離したと信じました。
第7話 自我からの脱却
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第8話 自分を赦す3ステップ!
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第9話 自分を赦す! 赦しの実践ステップ
形而上学レベルを強調した学び方をして赦しの実践をしていくと脱線しやすい。

第10話 赦したくない心は「赦しのレディーファスト」
赦しの実践には「レディーファーストは心配ご無用!!」奇跡講座の教えている概念を・・・

 第11話


   

                             

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